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2017-10-05 10:06
(連載2)金正恩の目論見とその限界
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
北朝鮮の核保有を容認すべきではないかという見解が米国内で表れることを金正恩は心待ちしているに違いない。対米ICBMを完成することにより、米国は北朝鮮を正式に核保有国として遅かれ早かれ容認せざるをえなくなると、金正恩は希望的観測を回らしているのであろう。金正恩が目論んでいるのは既述の通り、北朝鮮の核保有を容認し、米朝平和協定の締結を米国に迫ることである。米朝核交渉が開催されることがあれば、金正恩指導部の目論見は明白である。韓国を蚊帳の外に置いた米朝平和協定を締結し、できることならば米韓連合軍司令部を解体すると共に在韓米軍を撤収に追い込みたいところである。これが米国との激烈な戦闘を戦い抜き朝鮮戦争休戦協定という苦渋の選択を強いられた金日成、その後を継いだ金正日、さらに金正恩に至る三代にわたる金体制の宿願であろう。これにより朝鮮戦争休戦協定の締結により止まってしまった時計の針を再び動かし、長らく封じ込められた朝鮮半島の現状を打破し、韓国への決定的な勝利を収めたいところである。米朝平和協定が締結されれば、米朝国交正常化の締結も視野に入ってくであろう。これに伴い、膨大な量の食糧や燃料も確保できるという展望が開けるであろう。さらに正式な核保有国として認知されることにより、正々堂々と核兵器開発に打ち込めるのではないか。また米国が北朝鮮を核保有国として容認すれば、中国、ロシア、イギリス、フランスも追随するであろう。
この間、相次ぐ安保理事会経済制裁決議に従い北朝鮮は経済制裁で締め付けられているが、一度核保有を容認されれば、経済制裁は解除されることになろう。経済制裁の立脚する根拠は北朝鮮に核・ミサイル開発を断念させるというところにあった。ところが、北朝鮮の核の保有をトランプ政権が容認すれば、北朝鮮に対する経済制裁の論理も根拠を失いかねない。ここに金正恩が経済制裁に耐えながら一日も早い対米ICBMの完成に向けて邁進している事由があろう。是が非でもトランプに核保有国としての地位を容認させたい金正恩の目には、米国は自らの都合でインドやパキスタンの核保有を認めたのではないかと映っている節がある。インドとパキスタン両国とも核拡散防止条約(NPT)の枠外で核保有を行ったが、米国は国益上の事由で例外措置として両国の核保有を容認した経緯がある。インドやパキスタンの核保有を容認しながら、何故、北朝鮮の核保有を容認できないのかと金正恩は考えるであろう。結局、対米ICBMの完成は金正恩にとってよいことずくめということになる。随分、一方的で独りよがりの考え方であるとは言え、対米ICBMの完成に向けて金正恩指導部が狂奔している事由にはそれなりの論拠があるのである。しかしそうした金正恩の目論見が重大な反作用を引き起こすことは必至である。かりに北朝鮮が実際に対米ICBMを完成することがあるとしても、米国が北朝鮮を核保有国として容認するとは考え難い。すなわち、対米ICBMを完成することと、北朝鮮を核保有国として米国が容認することはあくまで別のことである。
核保有国として地位を容認することは核不拡散体制の事実上の破綻を招きかねない。米朝平和協定が結ばれ在韓米軍の撤収が認められるようなことがあれば、韓国は事実上、丸腰状態になってしまう。その成り行きとして早急に自前の核保有を韓国は目指さざるをえなくなるであろう。ところが、韓国が核保有へと舵を大きく切れば、遅かれ早かれ日本も重大な岐路に立たされることになりかねない。この結果、北東アジア地域での核拡散のドミノに歯止めが掛からなくなるとも限らない。そうしたことが実際に起きると、不拡散体制は根底から動揺しかねない。これと並行して、大規模な軍事挑発の度に一触即発の危機が繰り返され、制御不能な事態に及びかねない。大破局とも呼ぶべき事態は日々迫りつつある感がある。地政学上の視座から朝鮮半島に米国の影響力が増大しかねない事態を食い止めたい中国やロシアにとっても北東アジアの非核国へ核が拡散しかねない事態は何としても回避したいであろう。したがって、米朝核交渉において米朝平和協定の締結へ米国が傾くことは北東アジア地域での核拡散を一気に加速する地殻変動を起こしかねないほどの重大性を持つのである。そうした重大な意味合いを持つがゆえに、トランプは北朝鮮の核保有を容認することはできないことになる。ティラーソン国務長官がICBM発射実験後の7月4日に「我々は決して核武装した北朝鮮を受け入れない」と言明した通りである。問題は今後とも、北朝鮮の核保有を断固認めないという基本姿勢をトランプは貫くことができるかどうかであろう。基本姿勢を崩すことがあれば、引き返すことができない局面を招くことになりかねないのである。
わが国は本来、北朝鮮核・ミサイル危機の当事者であったわけではない。とは言え、朝鮮半島を巡る緊張が殊の外高まり、米朝の軍事衝突が現実味を帯びてきた昨今、わが国はもはや傍観者ではありえない。2016年以降、金正恩指導部はわが国の排他的経済水域に弾道ミサイルの発射実験と称して、ミサイルを頻繁に撃ち込んでいる。これと並行するかのように、わが国に対する金正恩指導部による核の恫喝は日増しに激しさを増している。もし何らかの事由で軍事衝突が起こり、自暴自棄となった金正恩指導部がわが国への核ミサイル攻撃を決断することがあれば、わが国は重大な事態に曝されかねない。危機が深まる中で、核ミサイルが飛来しかねないと考えなくてはならない時期が来たと思われる。ノドン・ミサイルがわが国に飛来する場合、発射から着弾まで十分も掛からない。これに対し、わが国のミサイル防衛システムは飛来する弾道ミサイルを確実に迎撃できるかどうか必ずしも明らかではない。同防衛システムを緊急に整備する必要があることは言うまでもない。これまで北朝鮮の脅威は仮説上の脅威であったが、すでに現実の脅威となっている。このことをきちんと認識しそれに備える必要がある。そのとき、どうするでは遅い。(おわり)
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斎藤 直樹 2017-10-04 07:11
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斎藤 直樹 2017-10-05 10:06
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