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2017-10-04 07:11
(連載1)金正恩の目論見とその限界
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
時に激情する感のある金正恩の印象とは別に、金正恩は冷徹に自ら設定した目的完遂に向けて突進している感がある。その目的とは米国本土への核攻撃能力の獲得であり、米国本土を射程に捉えた小型核弾頭搭載ICBM(大陸間弾道ミサイル)の完成によって可能になると金正恩は確信している。金正恩は年内と期限を切って対米ICBMの完成に向けて猛進している感がある。7月の二度にわたるICBM発射実験と9月の第6回核実験で確認された技術面での進捗からして、対米ICBMが完成する可能性が現実味を帯びてきた。技術的な課題とされてきたのはICBMの射程距離の延伸に標される「長射程化」、弾道ミサイルに搭載できる大きさに核弾頭を小型化する「弾頭小型化」、さらに弾頭が大気圏に再突入する際に発生する猛烈な高温と激しい振動から弾頭を保護する「再突入技術」などである。ICBMを含む相次ぐ弾道ミサイルの発射実験と核実験を通じこれらの技術革新は着実に進んでいる。これらの技術革新が実現すれば、対米ICBMはいよいよ完成へと近づくと予想される。
これを受け、金正恩指導部は世界に向けて対米ICBMの完成を公式に宣言すると考えられる。その上で、対等な立場でトランプ大統領との米朝核交渉に金正恩は臨みたいと考えているであろう。その核交渉とはトランプ政権が金正恩指導部に求めてきたような核を放棄するための交渉ではなく、核保有の容認、経済制裁の解除、米朝平和協定の締結、在韓米軍の撤退といった間逆な内容であろう。この大目標の達成に向けて激しい恫喝や様々な軍事挑発を画策して金正恩はトランプに米朝核交渉と核保有の容認意思の有無を探っている感がある。金正恩は米朝核交渉と核保有の現実を受け入れろとトランプに迫っているのである。実際に対米ICBMを完成するには技術上の課題が存在しており、その克服にはまだまだ時間を要するとしても、トランプから核保有について容認を取り付けることができれば、これ幸いというのが金正恩の本音であろう。
これに対し、トランプは核保有を断固容認しないという姿勢を一向に崩していない。トランプから核保有の容認を勝ち取るべく軍事挑発を金正恩が繰り返すのに対し、トランプが断固軍事挑発を容認できないとの姿勢を強める中、いつしか米朝間で「戦争」という言葉が頻繁に使われるようになった。トランプから核保有は容認しないと突き放されると、金正恩は怯むどころか、さらに対米ICBMの完成に向けて一心不乱にのめり込むという悪循環を繰り返している。そうした悪循環は行き着くところまで進むと想定する必要があろう。膨大な経費が掛かろうが、相次ぐ安保理事会決議の採択を通じ経済制裁により締め上げられ外貨獲得が難しくなろうが、国民経済がなおざりになろうが、核武力建設路線の御旗を掲げ金正恩は対米ICBMを完成するその日まで突き進むであろう。金正恩の目論見は全く根拠のないものではない。金正恩が主張する論理は対米ICBMが完成すれば、「核の傘」を無力化できるというものである。韓国や日本など米国の同盟国は米国が提供する「核の傘」と呼ばれる拡大抑止に依拠してきた。拡大抑止が立脚する論理は、もしも北朝鮮が韓国や日本に対し核攻撃を敢行することがあれば、米国が同盟国防衛のコミットメントに従い北朝鮮に対し確実に核報復を断行するというものである。そうした想定の下で、金正恩指導部は核攻撃を控えざるを得ないという論理につながる。ところが、対米ICBMが完成すれば、米国は同盟国の防衛のために北朝鮮へ核報復に打って出ることを躊躇するのではないかと疑念が生じかねない。
というのは、米国が同盟国の防衛のために北朝鮮へ核報復を断行するぞと警告しても、ロスアンジェルスやニューヨークなど米国本土の大都市への核攻撃に打って出ると金正恩が恫喝すれば、自国の大都市が壊滅的な打撃を受けかねないことを覚悟してまで米国が北朝鮮への核報復を断行するとは考え難いからである。そうした状況の下で、北朝鮮への核報復を米国は逡巡しかねない可能性が出てくる。言葉を変えると、対米ICBMを完成して初めて米国に対する真の核抑止能力を北朝鮮が獲得できることになる。このことが金正恩をしてその完成に向けて狂奔している主な事由の一つである。こうしたことから、対米ICBMの完成は「核の傘」が立脚する拡大抑止の論理を揺さぶりかねないというのは根拠のない話ではない。今後の進捗いかんでは北朝鮮の核保有を米国が容認するのではないかという疑問が出てくるのはこうした文脈からである。金正恩が要求する核保有の容認を検討すべきではないかとの見解が米国内ですでに散見される。実際に、ゲーツ(Robert Gates)元国防長官は十発から二十発程度の核兵器の保有を容認すべきではないかとの見解を表明している。(つづく)
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