これまで米情報機関では新型コロナウイルスの発生源について「動物との接触説」を支持する見解と「研究所の事故説」を支持する見方に分かれていた。こうした状況を踏まえ、バイデン大統領が2021年5月26日に米情報機関に対しウイルスの発生源について90日以内に特定するよう指示を出したのは周知のとおりである。これを受け、8月27日に米国の米情報機関を統括する米国家情報長官室によって発表されたのが、二頁にまとめられた「新型コロナウイルス発生源の評価摘要」であった。(“Unclassified Summary of Assessment on COVID-19 Origins,” The Office of the Director of National Intelligence (ODNI), (August 27, 2021))米情報機関は新型コロナウイルスが生物兵器として開発されたものではなく、また遺伝子操作されたものでもないという評価で一致したと「評価摘要」は述べた。他方、ウイルスの発生源について情報機関の見解は別れたままである。四つの情報機関と国家情報会議(the National Intelligence Council)が感染した動物との接触による可能性が高いと主張したのに対し、一つの情報機関が中国科学院武漢ウイルス研究所の実験室関連の事故の結果である可能性が高いと評価した。
「評価摘要」を受ける形で、バイデン大統領は声明を発表した。(“Statement by President Joe Biden on the Investigation into the Origins of COVID-19,” The White House, (August 27, 2021.))その中で、バイデンは「今日まで、このパンデミックの犠牲者が増え続けているにもかかわらず、中国は透明性の要求を拒否し、情報の提供を差し控えている」と厳しく習近平指導部を非難した。その上で、バイデンは「米国は志を同じくする世界中のパートナーと協力して、中国に情報を完全に共有するよう圧力をかけ、すべてのデータと証拠へのアクセスの提供を含む、新型コロナウイルスの発生源に関するWHOの第二段階の決定に協力する」と、WHOによる調査へ協力を行うよう習近平指導部に強く迫ったのである。バイデン氏の声明は、「評価摘要」と同様に習近平指導部による協力が確保できていないことにより、発生源の特定に至っていないかの印象を与えた。言葉を変えると、中国からすべてのデータと証拠へのアクセスの提供を含む協力を得られることがあれば、発生源を特定できるとバイデンは言いたかったのであろうか。しかし、中国側から真摯な協力などあろうはずもないことを踏まえると、中国側からの協力があれば発生源の特定に近づけるとしたのはいささか的外れであったと言わざるをえない。
この間、習近平指導部に対するWHOの姿勢は急速に変わりつつあると言っても過言でない。このことは新型コロナウイルスの感染拡大当初から習近平氏に阿ってきた感のあるテドロスWHO事務局長の発言に映し出されている。突如心変わりしたかのように、2021年7月15日にウイルスが問題の研究所から流出した可能性にテドロスが言及した。このことに記されるとおり、WHOはここにきて「研究所の事故説」に次第に傾いていると言えよう。振り返ると、2021年1月から2月にかけてWHO調査団に武漢市での現地調査を許可したのが中国側にとって許容範囲の限界と言えた。しかし現地調査を認めたと言っても、中国調査団との共同調査という形に中国側は執着し、調査内容についても一々、口出しした。このためWHO調査団の自由裁量は厳しく制限され、WHO調査団は身動きがとれないという有様であった。しかも3月30日に「WHO報告書(“WHO-convened global study of origins of SARS-CoV-2: China part,” (Joint WHO-China Study14 January-10 February 2021) Joint Report.)」という中国側の意向でまとめられたとしか思われない内容の調査報告をWHOが発表し、各国の厳しい批判に曝されたのは周知のとおりである。(続く)