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2019-06-21 11:49
(連載2)北朝鮮、「苦難の行軍」の再来か
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
その後、金正恩指導部が2013年3月に経済建設と核武力建設の両路線を基調とする「並進路線」を朝鮮労働党の基本路線として発進させ、核・ミサイル開発に向けて猛進した。2016年初めに金正恩指導部が長距離ミサイル発射実験や核実験を強行すると、同年3月に安保理事会において対北朝鮮経済制裁を盛り込んだ決議2270が採択されたのを皮切りに、大規模な軍事挑発の度に安保理事会で決議が採択されることになった。その経済制裁が金正恩体制を窮地に追い込んでいるのである。2019年になり、1990年代後半に金正日指導部が直面した「苦難の行軍」時代を想起させる事態が再来しかねない兆候が出始めている。現在、北朝鮮国民の多数が深刻な食糧不足に直面していることが頻繁に伝えられている。国連食糧農業機関(FAO)や世界食糧計画(WFP)など国連専門機関の推定によると、2018年の食糧生産量が過去10年間で最低の490万トン程度に低迷したため、全人口の4割相当の約1010万もの国民が栄養失調で苦しんでおり、このままだと数百万人の国民が飢餓に陥る可能性があり、北朝鮮の食糧不足は2019年に約136万トンに達するであろうとの内容を盛り込んだ衝撃的な評価報告を行った。
識者により食糧不足の推定は多少異なるとは言え、国連専門機関による約136万トンという見積もりは尋常ではない水準を標している。これが事実に近いとすれば、大規模な自然災害が深刻な食糧不足をもたらし甚大な飢餓となって跳ね返った1990年代後半の「苦難の行軍」の時代が再来しかねない前兆を予感させる。他方、これに相反するような市場での価格が指摘されているため、識者も多少判断に窮している側面がある。食糧不足が深刻であると国連専門機関が指摘しているわりには、北朝鮮の国内市場での米の価格が1キロ・グラムあたり5000から6000ウォンの水準で安定している。米価だけでなく為替レートも安定している。為替レートは1ドルが8000ウォン程度で取引されているとされる。上記の通り、北朝鮮での米価が比較的安定していることを踏まえ、国連専門機関による食糧不足の見積もりは誇張されたものではないかとの見立てがある。その真偽は必ずしも明らかではないが、北朝鮮国民の多くが米に比較して価格の安い小麦、ジャガイモ、トウモロコシなどの穀物を主たる食糧として購入しているのではないかとみられる。
多少、不可解な側面があるとは言え、国連専門機関が指摘するとおり、北朝鮮の食糧不足が日々、深刻化していることは疑いのない事実であろう。その背景として近年における記録的な少雨による干ばつと食糧生産量の激減、それに加え国連経済制裁による甚大な打撃が指摘されよう。とは言え、元を辿れば、その主たる責任は経済制裁を科している側というよりも非核化に真摯に取り組もうとしない金正恩にあることは間違いがない。2018年始めに非核化を謳い平和攻勢に転じた金正恩指導部が行ったとされる豊渓里(プンゲリ)核実験場の廃棄や東倉里(トンチャンリ)発射場の解体などは、北朝鮮領内で行われているとされる核・ミサイル関連活動の全容を踏まえると、ほんの一部の非核化措置に過ぎない。北朝鮮が開発・保有する核・ミサイル開発計画全体からみれば、まさしく「氷山の一角」という語句が当てはまろう。非核化、非核化と事あるたびに金正恩が吹聴するものの、金正恩が核・ミサイル開発計画を是が非でも死守しようとしているのは疑いのない事実である。したがって、何よりも求められるのは金正恩が一日も早く非核化の完遂に向けて真摯に取り組むことである。そのためには金正恩は核開発計画の全容を盛り込んだ申告をトランプ大統領に提出することが不可欠となろう。申告の提出を金正恩は未だに拒んでいるが、その提出がないかぎり「完全な非核化」に向けた道筋は一向に開けないであろう。
同申告の提出を受け申告の真偽の評価・分析をトランプ政権は行い、査察の実施など検証を通じ北朝鮮の核兵器計画の全容解明を行うことにより、非核化プロセスは完遂に向けて進展することになろう。これに対し、2019年2月末のハノイで開催された第2回首脳会談で明らかになった通り、金正恩が行う余地があるとしたのは北朝鮮の核施設の中で最大規模であるとは言え老朽化した寧辺(ヨンビョン)核施設のみの廃棄であった。しかもそうした金正恩の姿勢に理解を示している感があるのが文在寅韓国大統領である。今後、金正恩が申告の提出を皮切りに「完全な非核化」の完遂に向けてトランプ政権を納得させる姿勢を見せることがあれば、安保理事会で採択された諸決議に基づく対北朝鮮経済制裁の緩和や解除をトランプ政権が検討するという展望も開けよう。そうなれば、経済制裁に端を発する深刻な食糧不足は実質的に緩和される可能性がある。その意味で、金正恩が非核化の履行に真摯に取り組む以外に方策はないと言える。今後、金正恩が判断を見誤ることがあれば、「苦難の行軍」の危機が再来するといった可能性がないわけではない。(おわり)
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(連載1)北朝鮮、「苦難の行軍」の再来か
斎藤 直樹 2019-06-20 22:20
(連載2)北朝鮮、「苦難の行軍」の再来か
斎藤 直樹 2019-06-21 11:49
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