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2019-05-23 23:28
(連載1)「瀬戸際戦術」を再開した金正恩の狙い
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
金正恩指導部が2019年5月4日に続き5月9日に短距離弾道ミサイルの発射実験を強行した。弾道ミサイルの発射実験は2017年11月29日深夜に強行された「火星15」型ICBMの実験以来、約1年半ぶりである。2019年2月末の第2回米朝首脳会談に淡い期待を抱いて臨んだ金正恩朝鮮労働党委員長であったが、同会談でトランプ大統領に強硬な米国案を突きつけられ、トランプが交渉の席を離れるという格好で会談は事実上の決裂に終わった。別れ際にトランプは金正恩に礼を尽くしたかの印象を与えようとしたが、金正恩にとって同会談が「取らぬ狸の皮算用」に終わったことは明らかであった。首脳会談でトランプ陣営の対応を甘く見た金正恩陣営の誤算が主な事由であった。その後、米朝関係が膠着状態に陥ったのは当然の帰結である。実務者レベルで米朝間の非核化交渉が再開される目途が立っていない。トランプと金正恩双方とも個人的関係は良好であるかのように繕っているが、両陣営の幹部達は激しい中傷、挑発、恫喝と思われる言葉を繰り返している感がある。両陣営の激しい攻防を映し出すかのように、朝鮮半島情勢は次第に危機の再燃に向かっているようにみえる。4月12日に金正恩は北朝鮮最高人民会議で施政方針演説を行い、その中でトランプと文在演大統領を激しく揺さぶった。まもなく4月17日に金正恩指導部は久々に軍事挑発に打って出た。『朝鮮中央通信』は「最高指導者・金正恩が新型戦術誘導兵器を指導」という見出しで、金正恩が国防科学院の実施した新型戦術誘導兵器の試射を参観し、指導したと18日に伝えた。
4月25日に金正恩とプーチン大統領の間で露朝首脳会談がウラジオストクで開催されたものの、プーチンによる絶大な支持を確保しようとした金正恩にとって結果はあまり芳しいものでなかった。金正恩からみて何よりも心外であったのはトランプ陣営が固持する「最終的かつ完全に検証された非核化(FFVD)」をプーチンから求められたことであった。これではプーチンがトランプの主張に擦り寄ったものだと金正恩は感じざるをえなかった。2019年に入り、幾度となく北朝鮮の食糧事情の悪化が伝えられている。約2500万人の北朝鮮国民の人口の4割近くに及ぶ約1000万もの人々が深刻な栄養不足に陥っているとの内容の評価報告書が5月3日に国連機関のFAO(国連食糧農業機関)とWFP(国連世界食糧計画)より刊行された。
こうした状況の下で、文在演政権は人道支援として緊急食糧支援の検討を始めた。ところが、文在演政権がその検討を進めている最中の5月4日に金正恩指導部は短距離弾道ミサイルの発射実験を強行した。『朝鮮中央通信』は「・・金正恩が4日に朝鮮東海上で実施された最前線かつ東部前線での防御部隊の火力打撃訓練を指導した」と5日に報道した。同訓練について複数の短距離発射体が発射されたが、その中に短距離弾道ミサイルが含まれていたことが明らかになった。同短距離ミサイルがロシアのイスカンデルと酷似していることから、イスカンデルの北朝鮮版でないかと目される。このイスカンデルとは弾道ミサイルとしては50キロ・メートル程度の低空で飛行するだけでなく目標に着弾する前に高度を自在に変更することができるとみられ、それゆえに高高度ミサイル防衛(THAAD)とパトリオット迎撃ミサイルからなる韓国のミサイル防衛システムの迎撃を潜り抜けかねない能力を持つのではないかと疑われている。これに驚いた文在寅は7日に急遽、トランプと電話会談を行い、北朝鮮への緊急食糧支援についてトランプから了解を取り付けるべく願い出た。これにはトランプもあえて干渉しないとの姿勢を示した。
ところが、5月9日にまたしてもイスカンデルと類似した短距離弾道ミサイルの発射実験が強行された。『朝鮮中央通信』は10日に「・・金正恩が9日に最前線かつ西部前線での防御部隊の火力打撃訓練を指導した」と報道した。しかもこの9日は文在演の韓国大統領二周年の前日にあたった。一連の軍事挑発の狙いはどこにあるのか。金正恩は単に強がって軍事挑発を行っているのか。それとも金正恩は強かな計算に基づいて軍事挑発を行っているのか。もしも金正恩が計算ずくで行っているとすれば、それはどのような計算なのか。上述の通り、発射実験は実に微妙なタイミングを見計らうかのように強行された。約1000万人もの北朝鮮国民が食糧難で困窮しているとされる最中にこうした軍事挑発を強行するのは通常の論法では考え難いことである。しかしその考え難いことを金正恩が平然と行っている。金正恩が文在演の大統領就任二周年に軍事挑発を合わせたことを踏まえると、文在演に対し明らかにメッセージを突き付けたことを意味する。(つづく)
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斎藤 直樹 2019-05-23 23:28
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斎藤 直樹 2019-05-24 08:36
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