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2018-07-19 07:55
(連載2)金正恩による非核化がまやかしで終わる危険性
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
この先に見えてくるのは、すべての責任をトランプ側に帰し、「完全な非核化」の完遂に向けた作業をできるだけ遅延させ非核化作業を骨抜きにすることであろう。もしトランプが「完全な非核化」の遅延工作を食い止めようとすれば、多大な譲歩に迫られることも考慮する必要があろう。これは祖父・金日成時代からの金体制の常套手段である。回顧すれば、クリントン政権時代に金日成指導部は寧辺(ニョンビョン)の核関連施設での査察を逃れるべくIAEA(国際原子力機関)への申告でプルトニウムを秘匿していると目された核廃棄物貯蔵施設を申告しなかった。これに気付いたIAEAが強制的な査察である「特別査察」を同施設に対し行うと金日成に要求すると、金日成はNPT(核拡散防止条約)からの脱退を宣言してみせた。これに慌てたクリントンは北朝鮮をNPTへ残留させるべく金日成に米朝高官協議を呼び掛け、大規模な支援を示唆した。
その後1994年6月中旬に米朝は一触即発の事態を迎えたものの、同年10月に北朝鮮への大規模な支援を盛り込んだ米朝枠組み合意が成立した経緯がある。こうした諸々の経緯を踏まえたとき、今後、あらゆる手段を通じ「完全な非核化」に向けた作業を遅らせようとすることは容易に想像できよう。朝鮮戦争の終結宣言と休戦協定に替わる平和協定の締結の要求を金正恩が持ち出し、可能な限り時間稼ぎを行うことは目に見えている。米朝首脳会談後、北朝鮮の軍事挑発を止めたとして米朝首脳会談での成果をトランプはしばしば吹聴してきた。「北朝鮮のすべての核を非核化する内容を盛り込んだ素晴らしい文書に我々は署名した。非核化は完遂するであろう」とトランプは断言している。とは言え、こうした状況が続くようでは、金正恩による「完全な非核化」に向けた意思をトランプが遅かれ早かれ再考せざるをえない状況が生まれよう。トランプは事ある度にクリントン、ブッシュ、オバマといった過去の米政権が金体制にいいように欺かれたと強調し、自らはそうはならないと力説してきたが、以前の各政権が陥った苦境に自らも嵌りそうなことに遠からず気づき始めるであろう。
金正恩が非核化を完遂しない限り、経済制裁を緩和しないとトランプは強調しているが、この先、金正恩に「完全な非核化」を履行させるべくどのような手をトランプは打つであろうか。「完全な非核化」を履行する素振りを見せるとしても金正恩が実際に非核化を実行に移すことはないのではないか。経済制裁をトランプが緩和することはないことを金正恩は百も承知しているであろう。したがって、金正恩にとって焦眉の課題は中国や韓国を相手取り経済制裁を緩和してもらうことであろう。実際にその方向を金正恩は模索している。米朝首脳会談での成果を背景に習近平指導部から大規模の経済支援を獲得すると共に文在演政権との経済協力の推進を目論んでいる。「完全な非核化」の履行には目もくれず経済支援や経済協力を打ち出し、経済制裁の緩和に向けて全力で動いている印象を与えるのである。そうした動きは2013年3月に採択された「経済建設と核武力建設の並進路線」に替わる朝鮮労働党の新路線として2018年4月20日に採択された「経済建設に総力を集中する」路線とも一致する。
金正恩の言わんとする非核化は核の全廃ではなく一部の核の放棄を示唆しているのではないかと推察された。ところが、ここにきて金正恩にはそもそも核を放棄する意図や意思など全くなく、非核化の素振りを見せることにより多大な恩恵にあずかろうとしているのではないかとの疑問が湧く。もしそうであるとすれば、「完全な非核化」は全くのまやかしである可能性がある。金正恩体制が一人独裁体制であり、国策を巡る重要な決定は金正恩一人の判断に委ねられることを斟酌すると、金正恩の決断がいわゆる機関決定となり、それに従いすべてが動いていると言えないわけではない。金正恩が「完全な非核化」に応じるかどうかは遠からず判明するであろう。核関連活動の全容を盛り込んだ申告の提出には一向に応じない一方、体制保証の要求を声高に主張する結果、非核化が遅々として進捗しないことが案じられるが、それへの対応は重大性を極めよう。トランプは対北朝鮮経済制裁網の綻びが生じないよう中国や韓国に働きかけなければならない。わが国も経済制裁の堅持で米国との協力を怠ってはならないであろう。(おわり)
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(連載1)金正恩による非核化がまやかしで終わる危険性
斎藤 直樹 2018-07-18 12:24
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斎藤 直樹 2018-07-19 07:55
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