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2018-05-23 18:40
(連載1)米朝首脳会談に向けた綱引きと不透明な見通し
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
米朝首脳会談は、6月12日にシンガポールで開催されることが決まった。トランプ大統領は、5月10日に「世界平和にとって非常に特別な時間になるよう我々二人とも努力する」とツイッターに書き込んだ。ところが、米朝首脳会談に向けて順風満帆と思われた流れは数日後、思わぬ形で足をすくわれることになった。何があったのか。5月16日に北朝鮮の国営メディア『朝鮮中央通信』は「朝鮮民主主義人民共和国に対する大規模軍事演習を行った米韓を非難する」との見出しで米韓合同軍事演習を槍玉に挙げ、同日予定された南北閣僚級会談を突如、中止すると発表した。また同メディアは「第1外務次官による記者声明」という見出しで金桂冠(キム・ゲグァン)の談話を伝え、米朝首脳会談の開催についても再考する旨の警鐘を鳴らした。金桂冠は、問題の所在が北朝鮮の非核化にいわゆる「リビア方式」を適用すると大声で唱えているボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)などにあると指弾した上で、「・・国のすべてを大国に明け渡したために崩壊したリビアやイラクの運命を尊厳ある我が国に押し付けようとする非常に悪意のある動きの表れである」と断じ、「・・もし米国が我々を追い詰め我々が核兵器を放棄するのを一方的に要求するならば、我々は協議への関心を失い、・・首脳会談を受け入れるべきか再考せざるをえなくなる」と言い放った。
金桂冠に非難の矛先が向けられたボルトンは、以前から北朝鮮の非核化について「リビア方式」を適用すべきである旨の主張を度々行ってきた。2003年3月の米国によるイラク侵攻とフセイン体制の崩壊に慄いたリビアの独裁者カダフィは、体制の存続を図るべく大量破壊兵器開発計画の放棄を自ら宣言し、国際機関の査察を受け入れた。これに対しブッシュ政権はリビアに対する制裁を解除した。ところが、2010年以降中東地域に吹き荒れた「アラブの春」の余波を受け、カダフィ体制はNATO諸国が後ろ盾となった反カダフィ勢力によって打倒され、結局カダフィは除去された。この政変を重大視した金正恩朝鮮労働党委員長は、事ある度にフセインやカダフィの二の舞は忌避しなければならないと断言してきた。核を放棄したもののこれといった体制の保証を受けなかった結果、崩壊の道を辿ったカダフィ体制の末路を暗示させる「リビア方式」が金正恩を激しく憤激させたことは確かであった。
ボルトンの発言が発端となり、米朝首脳会談の開催に突如、黄色信号が灯ると、今度はトランプがボールを投げ返した。トランプは5月17日に「リビア方式」は北朝鮮に適用しないとし、金正恩が核を先に放棄すれば、金正恩体制を保証すると力説した。トランプ曰く、「(金正恩が)居続けるものだ。(金正恩が)国に居て、自分で統治して、国がとても裕福になるというものだ・・変わるのならそれでもいいし、そうでないなら会談はとても成功するのではないかと思う」。このように先に核の放棄に金正恩が応じれば、金正恩体制の存続を保証するとトランプは示唆した一方、もしも核の放棄を金正恩が受け入れなければ、その「リビア方式」が適用されることになるとトランプは警告した。このことは金正恩が核の放棄に応じなければ、体制の存続の保証はない可能性があることをトランプがほのめかしたことを意味した。「首脳会談を受け入れるべきか再考せざるをえなくなる」とした金桂冠の脅しを逆手にとって、トランプは脅し返したのである。
金正恩が4月16日に急に強気に転じた背景にはボルトンによる「リビア方式」発言への反発だけではなかったと推察される。トランプの基本方針は既述の通り、北朝鮮が核を先に放棄すれば、米国は体制保証や経済支援などの見返りを提供するが、核の放棄の完遂までは経済制裁を中心とする圧力を掛け続けるというものである。しかしもしもトランプの言う通り、北朝鮮が核を実際に放棄することがあれば、米国は体制の保証や経済支援などの見返りを提供することはないであろうと金正恩は深く疑っている。その結果、国家存立にとっての「宝剣」と見なす核を一方的に放棄した北朝鮮は遅かれ早かれ崩壊の危機に陥りかねないと金正恩の目に映る。そうした事態を回避するためには、非核化の全工程を数段階に区切り段階ごとに北朝鮮による履行と米国による見返りの提供を同時並行的に行うという、段階的かつ同時並行的な方式に金正恩が拘っていると考えられる。(つづく)
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