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2018-05-09 01:41
(連載1)政治的演出に終わった南北首脳会談
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
2018年4月27日に南北首脳会談が、南北を分ける軍事境界線上の板門店の「平和の家」で開催された。テレビ中継された映像から、文在演韓国大統領が金正恩朝鮮労働党委員長と真摯かつ真剣に語り合った様子がうかがえた。金正恩は南北首脳会談に向けて盛り上がった雰囲気を損ねるような言動を慎み、終始笑顔を絶やさず文在演との融和ムードを演出しようと振舞った印象を与えた。その意味で、韓国民だけでなく世界の人々がここ数年抱いてきた金正恩への警戒心を解くことに大分寄与したかもしれない。首脳会談後の韓国民の多くの反応は金正恩に親近感を覚えたという好意的なものであった。他方、文在演も金正恩に誠心誠意、接したとの印象を与えた。その意味で、政治的な演出は想像以上に見事であった反面、懸案の非核化を巡る前進はあったであろうか。南北首脳会談において取り上げる主な議題は非核化、平和体制の構築、南北関係の発展の三点とされた。事前の折衝において平和体制の構築や南北関係の発展ではかなり前進をみた一方、非核化での溝は埋まらないまま首脳会談を迎えた。文在寅と金正恩の両首脳は「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」に調印した。その骨子を引用すると次の通りであった。
「・南と北は民族経済の均衡的な発展と共同繁栄を実現するために、『10.4宣言』で合意した事業を積極的に推進【する】・・」。南北関係の発展について南北共同事業を再開し経済協力を大々的に推進することが謳われた。南北共同事業を再び活性化し韓国から多額の資金を呼び込むことにより、徐々に制裁網を空洞化したい金正恩にとって願ったり叶ったりの文言であろう。経済協力の推進が現在北朝鮮に対し科されている厳しい経済制裁に穴をあけかねないことが懸念される。「・南と北は停戦協定締結から65年になる今年に、終戦を宣言し、停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制の構築のための南北米3者、南北米中4者会談の開催を積極的に推進していくことにした」。平和体制の構築として南北、米国、中国の会談の開催に向けて尽力することになった。1953年7月の朝鮮戦争休戦協定の調印から65年経つことを踏まえ、2018年中に朝鮮戦争の終戦を正式に宣言することが謳われた。また休戦協定を平和協定に転換することも考慮されたとは言え、平和協定の締結は必ずしもよいことばかりではない。平和協定の締結により米朝がもはや敵対関係にないことになれば、何故に在韓米軍が韓国に駐留する必要があるのかその存在理由が問われてもおかしくはない。その結果、遅かれ早かれ在韓米軍の撤収が叫ばれるといった事態に発展しかねない。
「・南と北は、完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認した」。北朝鮮が核を廃棄して初めて見返りを与えるというトランプの考える非核化への取組みと、金正恩の持論とされる段階的かつ同時並行的な非核化の取組みはその実施手順が著しく異なっており、また文在演が非核化についてどっちつかずの捉え方をしていることもあり、事前の折衝では折り合いがつかないまま首脳会談を迎えることになった。結局、上記の文言で落着した通り、非核化はあくまで玉虫色の曖昧かつ不透明なものとなった。北朝鮮の非核化へ向けた取組みが言及されないままに終わったことは文在演が金正恩に擦り寄ったとみるべきであろう。「完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現する」とはどのようにも解釈される文言である。この文言の元になったのは2018年3月26日の中朝首脳会談で金正恩が習近平を前にして「祖父の金日成主席と父の金正日総書記の遺訓に基づき、朝鮮半島非核化の実現に力を注ぐのは我々の終始一貫した立場である」と言明したことである。
この中で金正恩が金正日の遺訓としたのは金正日が2005年6月に訪朝した鄭東泳(チョン・ドンヨン)韓国統一相に対し「朝鮮半島の非核化は先代の遺訓であり、依然、有効である」と述べた文言である。しかし実際に起きたことは2006年10月の第1回核実験であった。さらにその金正日が金日成の遺訓としたのは、1991年12月に合意された「朝鮮半島非核化共同宣言に関する最終合意」であった。当時、ブッシュ大統領が91年9月に戦術核撤去宣言を行うと、これに呼応して盧泰愚(ノ・テウ)大統領が同年12月に韓国領内の「核不在宣言」を行うに至った。これを受ける形で、金日成は「われわれには核兵器を作る意思も能力もありません」と事ある度に言明した。「朝鮮半島の非核化」は金日成にとって実に都合のよい文言であったことが理解できよう。この文言を通じ韓国展開の核兵器の撤去を確実にすると共に、自らは核兵器開発を本格化させる契機となった。すなわち、「朝鮮半島の非核化」という文言は金日成にとって韓国の非核化と北朝鮮の核兵器開発を実現させた、いわば一石二鳥の魔法の言葉であったのである。(つづく)
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