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2018-04-25 22:02
(連載1)文在演の譲歩と南北首脳会談への一抹の不安
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
3月下旬に急遽開催された中朝首脳会談は、それまで凍り付いた中朝関係を一気に改善に向ける格好の機会になった。3月26日に金正恩朝鮮労働党委員長が習近平国家主席に「祖父の金日成主席と父の金正日総書記の遺訓に基づき、朝鮮半島非核化の実現に力を注ぐのは我々の終始一貫した立場」であると明言した。これを受け、習近平と金正恩は段階的かつ同時並行的な非核化への取組みであるところの「漸進的・同時的措置」に合意したとはいえ、非核化の完遂の実現可能性を習近平はどれだけあるとみているであろうか。4月27日に開催される南北首脳会談は、これまた凍り付いた南北関係の雪解けに向けた政治的演出になろう。問題の所在が金正恩指導部による非核化の完遂にあることを文在演は認識しているとは言え、非核化への取組みに向けて金正恩がどの程度本気なのか文在演の目にどのように映っているであろうか。非核化の完遂は極めて難しい課題であると文在演は本音では感じているであろう。とは言え、融和ムードを文在演は最優先させ、南北融和をひたすら進ませようとしている。この結果、非核化という本質的問題が置き去りになったまま南北融和が一人歩きしている感がある。
金正恩に非核化を完遂する意思が本当にあるのか。非核化について北朝鮮と米韓の間で大差はないと文在演は考えているようである。4月18日付の『中央日報』報道によると、文在演政権は「非核化の定義について米国と協議した結果、我々と北、米国が構想する案に大きな違いはないと考える。・・非核化目標をどのように達成すべきかについては細部に差があるため協議が必要だ」と述べている。しかし現実は文在演政権の発言ほど単純なものではない。非核化という文言が曖昧なため如何様にも解釈されかねないが、非核化を巡る米朝間の差は細部の差ではなく本質的な差である。トランプ大統領の言う非核化とは、まず金正恩が「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄(CVID)」を実施して初めて相応の見返りを付与するというものである。金正恩が先に非核化して初めて見返りを与えるとトランプは繰り返して示唆している。これに対し、金正恩は段階的かつ同時並行的な非核化の取組みをほのめかしているものの、前述の中朝首脳会談では習近平の前で米国が先に見返りを与えて初めて非核化に応じると言及したことが伝えられている。
これでは非核化への取組みは細部の違いでは決してない。非核化が先か見返りが先かという時系列的な問題もさることながら、同様に重大な問題は非核化の対象施設であろう。寧辺(ニョンビョン)に集中する核関連施設や豊渓里(プンゲリ)の核実験場に非核化の対象を限定するのであれば、非核化の完遂は難しくはないであろう。しかし今も核開発が黙々と行われているとされる地下施設の非核化はどうなるであろうか。米国の情報機関さえ、北朝鮮の地下施設での核関連活動の実態を必ずしも把握していないのが現状である。そうした状況の下で金正恩指導部が特定されていない核関連施設を誠実かつ真摯に申告し、それ受けトランプ政権が関連施設で十分な査察を行い、その上で金正恩指導部が関連施設の非核化作業を完遂することができるであろうか。特定されていない核関連施設が放置されることがあれば、非核化は実際には完遂することにはならない。この点でブッシュ政権時代の6ヵ国協議が教訓として重くのしかかる。2003年8月に同協議に臨むにあたりブッシュ政権は当初、北朝鮮の総ての核兵器開発計画の放棄を掲げ核の放棄を先に行えれば見返りを与えると金正日指導部に要求し、同指導部と厳しく対立した。
ところが、これに憤激した金正日が膠着状況を打開すべく2005年2月に核保有宣言を行うと、それまで強硬一辺倒であったブッシュは一転、譲歩し始めた。しかも2006年10月に金正日指導部が第1回核実験を強行するとブッシュは一時期、核関連施設への空爆も検討したが、その直後の中間選挙で思わぬ大敗を喫し米国内での支持が急落すると妥協を行い、寧辺の核関連施設の無能力化を目指した。しかもこれさえも完遂されないまま2008年12月までに同協議は事実上、頓挫した。これに失望したボルトン(現、安全保障担当大統領補佐官)は政権を離れた経緯がある。まさしくブッシュ政権時代の6ヵ国協議は「竜頭蛇尾」と揶揄されるおぞましい結果に終わった。しかも核兵器開発を野放しにする格好になったことが、今日の金正恩指導部による核攻撃能力の獲得に直結している。金正日がブッシュを相手取って行ったことを非核化の名の下で行えば功を奏するであろうと金正恩は高を括っているであろう。非核化を巡る問題が細部の差であると文在演政権が考えているとすれば、この細部の差がどれだけ重大であることを同政権は認識しているであろうか。(つづく)
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