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2018-02-16 01:04
(連載1)中国版フィルター・バブルの現状
加藤 隆則
汕頭大学長江新聞與伝播学院教授
「ポスト真実(post truth)」の時代と言われる。インターネットに広がるニュースの海の中で、内容の真偽よりも、皆が感覚の刺激を求め、信じたいものを信じるようになる。情報の共有がグローバル化を招くのではなく、差異の強調によって社会が分断化される。2016年、英国で行われたEU離脱国民投票やトランプ大統領を生んだ米大統領選挙で、世論形成の問題点としてしばしば使われるようになった。
この社会心理現象を技術の側面から述べたのがイーライ・パリサーの『フィルター・バブル(The Filter Bubble)』である。インターネットの検索アルゴリズムは、ユーザーの個人情報を分析し(パーソナライゼーション)、欲望を先取りして提供することで、サービスの付加価値を高めると同時に、広範な広告ビジネスを開拓する。だが、ユーザーはこのフィルターを通じて好みの情報だけを受け取り、特化した価値観の皮膜(バブル)に包まれる。そして本人が意識しないまま、バーチャル空間の中で孤立した状態に置かれる。インターネットは、当初期待されたコミュニケーションの多様性や関連性につながるのではなく、逆に固定化、画一化を生む。そんな悲観論が蔓延している。
この「フィルター・バブル」に関連して、印象深い事件がある。日本での中国人留学生殺害事件だ。中国では被害者女性の名を取って「江歌案」と呼ばれる。日本では、被害者の母親が死刑を求める署名運動を行ったことで有名となったが、中国では、同居していた友人女性に対する道徳的責任を追及するネット世論が沸騰した。事件は2016年11月3日に起きた。東京都中野区のアパートで、大学院生の江歌が、同居していた同郷山東省出身の友人、劉鑫の交際相手だった大学院生の陳世峰に刃物で刺殺された。友人の男女関係のトラブルに巻き込まれた形だった。
裁判では計画性と明確な殺意が大きな焦点となり、昨年末、一審で求刑通り懲役20年が言い渡された。判決は、残忍で執拗な犯行の手口から、「強固な殺意があった」とし、「被害者や元交際相手に責任を転嫁するような不合理な弁解をし、真摯な反省の情は認められない」と認定した。だが中国のネット世論は、江歌が巻き添えを食ったことへの同情と、シングルマザーである江歌の母親が各種のメディアを通じ、劉鑫の道徳的責任や陳世峰への極刑を求める発言を繰り返したことへの共感で、道徳論への一辺倒となった。中国では新聞やテレビの情報発信力は急速に衰え、もっぱらネットで情報や議論が拡散していく。交通整理が十分に行われないまま、ヒートアップする。中国では、法とは別に、道徳による価値基準が幅広く根を下ろしている。裁判など紛争解決の場では「合情合理」が求められるが、「情」は人情であり、道徳と結びついている。社会を道徳の厚いフィルターが覆っているのだ。(つづく)
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(連載1)中国版フィルター・バブルの現状
加藤 隆則 2018-02-16 01:04
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加藤 隆則 2018-02-17 17:26
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