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2018-01-16 19:56
(連載1)金正恩による南北対話への戦術転換とその狙い
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
振り返ると、2017年11月29日未明に強行された「火星15」型ICBM発射実験と金正恩・朝鮮労働党委員長による「国家核戦力の完成」宣言は多少なりとも静けさを取り戻した感のあった朝鮮半島情勢を一変させた。9月15日の「火星12」型弾道ミサイルの発射実験以降、軍事挑発を金正恩が何とか抑制していたことは金正恩が対話の機会を模索していたのではないかとの見方を呼ぶことになった。しかし「火星15」型の発射実験で明らかになったことは、この間の75日間、金正恩指導部は黙々と一層の能力を備えたICBMの発射実験の準備を整えていたことを物語った。
「火星15」型が7月に二度にわたり試射された「火星14」型と異なり、米国本土を叩く潜在能力を秘めていることが明らかになるにつれ、米国内の対応も急速に強硬論に傾いた。マクマスター大統領補佐官を始めとする政権の面々は時間が余り残されていないと異口同音に繰り返すのは深刻な危機感の表れである。グラハム上院議員にあっては在韓米軍の家族の避難を呼び掛けた。避難が始まれば、米軍による軍事作戦に向けたシグナルと受け止められるであろうことから、避難はまさしく米朝開戦の勃発を占う分水嶺となろう。加えて、CIAが2018年3月までに対米ICBMが完成するとする推定をトランプ大統領に伝え、それまでの軍事的選択肢の発動を促した。とは言え、金正恩の思い描く通りに事態が万事進捗しているわけではない。その最大の事由は核保有の容認を求める金正恩の呼び掛けに対しトランプが全く動じないからである。11月29日の「火星15」型の試射に対しても、トランプは「我々が(この問題に)対処する。・・」と落ち着き払った調子で受け止めた。
2017年を通じ金正恩は北朝鮮を核保有国として容認するよう様々な機会を捉えてトランプの容認意思の有無を探ったが、トランプは頑として受け付けなかった。トランプが北朝鮮の核保有を容認する姿勢を一向に見せないことには金正恩も焦燥感を強めている。金正恩は2017年11月頃から「国家核戦力の完成」というレトリックをしばしば用いることで、対米ICBMの完成による対米核攻撃能力をすでに確保したとし、核保有の容認を迫る方策に打って出ている。しかし「国家核戦力の完成」と叫んでもトランプに振り向いてもらえないことに焦りを覚えた金正恩はさらなる軍事挑発に打って出る必要を改めて痛感していると思われる。すなわち、レトリックでトランプを納得させることができなければ、実際に対米ICBMが完成したことを疑う余地のない形でトランプに誇示する必要があろう。そのためには色々疑念を持たれている技術上の課題を克服する必要がある。対米ICBMの完成に向けて今後どれほどの実験が必要であろうか。「弾頭小型化」の技術革新を確立するために第6回核実験でまだ不十分であると判断すれば、第7回核実験を強行するであろう。また500キロ・グラム相当の重量の弾頭を搭載した「火星15」型を「ロフテッド軌道」ではなく通常軌道で打ち上げ大気圏再突入に成功したことを実証する必要に迫られるであろう。そうした実験を通じ技術上の課題が克服されたことをトランプに明白な形で見せ付けて始めてトランプを真剣にさせるであろう。
ところがこの間、金正恩体制は経済制裁により厳しく締め上げられている。2017年だけで北朝鮮への経済制裁を盛り込んだ国連安保理事会決議が4件も採択され、主な輸出品目の石炭や鉄鉱石も全面的に禁輸になっただけでなく主な輸入品目である石油の供給にも縛りかかり、石油精製品の供給については約9割も削減されることになった。制裁の履行には抜け穴や抜け道があるとしても経済制裁網は日々強まっていることは事実である。しかも対米ICBMの完成にトランプ政権が危機感を募らせる中で、米軍による北朝鮮への先制攻撃の可能性が日々高くなっている。すなわち、金正恩はトランプを追い込んでいるようでもあり、その実追い込まれてもいるのである。(つづく)
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