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2008-05-22 22:19
胡主席訪日により新段階に入った日中関係
進藤榮一
筑波大学大学院名誉教授
暖春の旅――胡錦濤国家主席がそう呼んだ今次の訪日は、日中関係が、着実な成熟段階に入り始めつつある現実を示している。5年前、小泉政権下であったなら、靖国をめぐって歴史問題の入り口で会談は物別れに終わっていたはずだ。10年前、石原慎太郎氏が尖閣諸島上陸を企てた直後であったなら、ガス田開発をめぐって、国内外で激しい領土論争が繰り広げられ、会談どころか両国関係は、紛争一歩手前にまでいっていたろう。そして天安門事件後の15年前であったなら、人権とチベット問題をめぐって、両国間の「世論」は沸騰し、非難の応酬に終始していたはずだ。国家主席としては1998年の江沢民以来10年ぶり、首脳としては昨春、温家宝首相の「氷を溶かす旅」以来1年ぶりの訪日だが、日中関係は文字どおり「戦略的互恵」による成熟段階に入り始めたようだ。
「戦略とは、既存のトレンド(趨勢)に抗する意識的な方向転換である」というイェニケの定義によるまでもなく、日中両国は、中国の急激な経済発展とアジア市場の展開を軸に今、20世紀冷戦世界から離脱し、21世紀アジアの時代に向け、方向転換の外交の舵を切り始めている。確かに、チベット問題や東シナ海ガス田開発、ギョウザ事件のいずれでも、目に見える成果があったわけではない。しかしチベットについては、主席訪日前に中国側は、ダライ・ラマ14世側との対話に踏み切り、双方とも紛争鎮静化の道を模索し始めた。ガス田については、もはや尖閣諸島の領有権や接続水域の確定といった政治問題は棚上げにして、両国の共同開発によるコストや収益配分の実利をめぐる実践問題へと収斂している。「早期に合意することで一致した」という福田首相の記者会見答弁は、交渉妥結の近いことを臭わせている。そしてギョウザについては、事件真相の究明といった過去よりむしろ、事実上の東アジア食品生産共同体を前提に、共同リスク管理の構築や、EU流のアジア共同食料安全庁設置のような未来志向の解決策を探る時が来ている。
だがここで特記されるべきは、気候変動に対する協力体制の端緒を手にしたことである。共同声明で両国は、日本側の「セクター別アプローチ」提案、産業分野別温室効果ガス削減策について、中国側の賛意を取りつけ、日本側から省エネ環境技術協力を進めることで合意した。同時に中国を、ポスト京都議定書づくりに参画させるべく、中国側の前向きな方針を引き出した。環境技術先進国・日本と、環境汚染大国・中国との「ウィン・ウィン」関係構築の現実政策化だ。その関係を、それらエネルギー環境分野から、農業分野にまで拡大させるべく両国は、食料生産共同体の構築に動き始めたようだ。主席訪日前に両国は、コメの対中輸出全面解禁で合意を見た。中国の豊かな数億にのぼる都市中間層市場に、日本のコメや果実などの高品質な食料、食品を輸出する展開が、今後見られるだろう。まさにエネルギー環境食料共同体の形成である。
今後4年で毎年3千人規模の青少年交流を実施するとの合意は、若い世代による文化交流を通じて、確実に明日のアジアの共同体への道を拓いていくだろう。その意味で、胡主席の訪日は、中国指導層の戦略思考もさることながら、主席自身の対日重視の個人的判断によるところも少なくない。中国共産党第1世代のソ連(ロシア)派と、第3世代の美国(アメリカ)派の間にあって、胡主席は、日中国交回復後の第2世代の対日重視派を代表する。80年代に、日中青年交流の責任者をつとめた主席の対日観が、暖春の旅を支えていたはずだ。日中はもはや、後戻りのきかない相互依存関係に入っている。その現実が、胡主席帰国1週間後に発生した四川大地震への、日本の災害復旧協力活動に象徴されている。そしてその活動が、「新・脱亜論」なるものの巨大な陥穽を指し示している。
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