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2024-01-22 18:09
世界経済フォーラムは‘資本主義のコミンテルン’?
倉西 雅子
政治学者
全世界のグレートリセットを目指す世界経済フォーラムの年次総会には、毎年、各国からトップクラスの政治家が参加しています。今年も、フランスのマクロン大統領、アメリカのブリンケン国務長官、中国の李強首相、EUのフォン・デア・ライエン欧州員会委員長などの他にも、紛争当事国のウクライナからは、ゼレンスキー大統領も出席したそうです。日本国からの出席者としては、河野デジタル相の名が挙がっています。グローバル化と称される時代にあって、国家体制の違いにも拘わらずに世界各国から出席者を集める同会議については、マスメディアなどは好意的な書き方をもって報じてます。しかしながら、世界経済フォーラムとは、いわば、‘資本主義のコミンテルン’なのではないでしょうか。
先ずもって、世界経済フォーラムと世界各国の共産主義者が集ったコミンテルンとの共通点として挙げられるのは、両者とも、自らのヴィジョンに基づく‘新世界支配体制の確立’という、明確な目的を有している点です。近年、世界経済フォーラムは、グレートリセット構想を打ち出し、グローバル・ガバナンス・システムの構築に乗り出しています。グレートリセット構想は、グローバリストがこれまで温めてきた支配構想を、デジタル技術の発展に沿った形で未来ヴィジョンとして纏めものなのでしょうが、世界全体を包摂する、一つの思想、価値観、世界観に基づく体制構築を目指している点で、両者は、同類と言えましょう。第2に、ヴィジョン共有型の組織であることは、参加メンバーには、独自、あるいは、新しいヴィジョンや政策を提案する立場にはなく、実行者に過ぎないことを意味します。もちろん、国益を背負って国際会議に出席する‘国家の代表’でもありません。決定権は組織の中枢に握られており、いわば、‘手下’や‘駒’、もしくは、よくて活動要員としての役割が期待されているのです。このことは、同組織に参加する政治家や公人は、自らが属する国家やその国民よりも、世界組織の利益を優先させる可能性を強く示唆しています。第3に、コミンテルンも世界経済フォーラムも、国家に対する基本的な姿勢は否定的です。共産主義にあって、カール・マルクスは、国家の将来的な消滅を予言しましたが、世界経済フォーラムが掲げるグローバル・ガバナンス構想でも、国際機関を含む政府の存在は、グローバル企業及び選ばれた市民団体(CSOs)と並ぶ、三つの構成要素の一つに過ぎません。しかも、クラウス・シュワブ会長の言葉の端はしに現れているように、国家の存在は、構想実現の障害物と見なされているのです。言い換えますと、国家に対する否定的な見解は、主権平等や民族自決等を基本原則とする今日の国民国家体系の否定でもあり、この側面も、両者の共通点となっているのです。
そして、以上の三つの共通点は、共産主義インターナショナルと同様に、世界経済フォーラムが、国家の独立性、並びに、国民自治の別表現としての民主主義にとりまして、看過し得ない脅威となっていることを意味します。戦前にあってコミンテルンは、共産主義革命を恐れる各国政府から厳しい監視を受けたのですが、今日にあって世界経済フォーラムが、自国の国家体制を内部から脅かしながら、政府は、迎合こそすれ警戒しようともしません。あるいは、この不可思議な現象は、既に日本国政府をはじめ多くの諸国にあって‘グローバル革命’が起きてしまっている証左なのかも知れません。世界経済フォーラムは、1943年5月15日に解散されたコミンテルン以上に、‘世界同時革命’に成功しているのかも知れないのです。革命とは、左翼の専売特許ではないのですから。
実際に、日本国政府の政策の大半は、同フォーラムの方針に沿っており、近い将来、仮に河野政権が誕生すれば、日本国に対する支配は強化されることでしょう。自民党をはじめ保守政党の正体が世界権力の代理人であるならば、「日本共産党」のように、「日本世界経済フォーラム党」、あるいは、「日本グローバリスト党」と名乗った方がよほど正直です。共産主義と資本主義は同根ともされていますが、日本国民を含む各国の国民は、グローバリストによる‘世界同時革命’が進行している現実を直視すると共に、ダボス会議に出席している政治家に対しては、大いに警戒すべきではないかと思うのです。
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