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2023-04-07 04:46
貢ぎ物となった朝鮮大学校の学生たち
荒木 和博
拓殖大学海外事情研究所教授
今から51年前、昭和47年(1972)は金日成の生誕60周年でした。これにあわせて朝鮮総聯では様々な贈り物を贈ったのですが、その極めつけが「人間」でした。朝鮮大学校の学生185名がほぼ強制的に北朝鮮に送られたのでした。この話は何となく知っていたのですが、先日守る会理事の山田文明先生に資料をいただき、読んであらためてぞっとしました。もともとは300人の計画で前年末から準備が進められ、指名した学生を個別に説得し、翌年まとめて送ることにしたもの。それでも100人以上が拒否(朝大をやめるなどして)し、最終的に185人になったそうです。なお、これと別に生誕60周年を祝うためのオートバイ部隊というのもあり、日本全国からオートバイで(もちろん海は渡れないので新潟に集まり)北朝鮮に渡った若者が60名いました。単なる景気づけの道具でした。
学生を送る話は朝大の中でも対象学生以外には一切秘密で、様々な形で本人や家族に懐柔・圧力がかけられたそうです。映画「かぞくのくに」のヤン・ヨンヒ監督の長兄もその一人で、男兄弟3人のうち下の二人は既に北朝鮮に渡っており、総聯大阪府本部の幹部だった父は「長男だけは残して欲しい」と訴えたそうですが聞き入れられませんでした。ヤン監督の著書『かぞくのくに』には次のような一節もあります。
「誰よりも親思いのコノ兄は、自分がこの指名を拒否した場合の組織内での父の立場を心配した。大学の教師たちからは、行くべきかどうか迷うこと自体が、祖国への忠誠心に翳りがある証拠だと暗に決断を迫られた」
山田先生からいただいた資料によると、中には日本国籍(母親が日本人)の学生もおり、そのパスポートが別の人間(おそらく工作員)に日本入国に使われたケースもあったと言います。もちろん朝鮮大学校も朝鮮総聯もこのことについて一切の自己批判をしていません。それどころか勇気ある証言をした人に圧力をかけています。
選抜された学生はおそらく朝大の学生の中で優秀で忠誠心も強かった人たちでしょう。自分よりは少し年上、当時でも私とは全く思想的に正反対だったと思いますが、 それでも北朝鮮が最も大事にしなければならないはずの若者たちを、こういう使い方ですりつぶしてしまったという事実には怒りを禁じ得ません。金正恩は忠誠心を尽くしてきた人間を次々と粛清しています。ミサイル発射も数発やめれば餓死者を出さずに済むのに、続けています。その発想は「何人餓死させればミサイルを何発撃てる」というものです。それが北朝鮮という国家の本質だと言えるでしょう。こういう国への最大の「人道支援」は体制を変えることしかありません。
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