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2021-07-09 13:37
宮内庁長官「拝察」発言の問題点
倉西 雅子
政治学者
宮内庁の西村泰彦長官が、6月14日「天皇陛下は現下の新型コロナの感染状況を大変心配されている」と発言した件に対して、加藤勝信官房長官は、同日、「長官自身の考え方を述べられたと承知している」とする政府側の見解で応じましたが、憲法にも抵触する可能性もあるだけに、同発言は国民の関心を集めることとなりました。
第1の問題点は、「拝察」である以上、同発言が天皇の真意であったのかどうか、誰も確認することができない点です。安易に「拝察」を天皇の意志と見做すと、宮内庁長官によるいわゆる’政治利用’というものが発生する余地を生みますので、加藤官房長官は、この点を批判的に指摘したのでしょう。第2の問題点は、この発言が誰に向けられているのか明確ではない点です。とは申しましても、おそらく政府に向けられているのでしょう。政府に対する牽制が目的となりますと、オリンピックの開催問題は政治事項ですので、天皇による’政治的発言’という色合いが濃くなってきます。ここに第1条で象徴天皇を定める憲法との抵触問題が生じることとなりましょう。第3の問題点は、誰が、同発言の責任を負うのか、というものです。憲法第3条では、天皇の国事に関する全ての行為に対して政府が責任を負うとされています。ところが、今般の発言は、加藤官房長官の反論が示すように、政府が関知していたわけではありませんでした。宮内庁側が独自の判断で同発言を公表したとしますと、一体、誰が、同発言に対する責任を負うのか、という問題が発生してしまうのです。
さらに第4の問題点として指摘し得るのは、宮内庁が、天皇発言に何らかの政治的効果を期待していることが、判明してしまった点です。仮に、全く影響がないとすれば、敢えて宮内庁長官が「拝察」発言をすることはなかったことでしょう。そして、これは、かなり危険な’賭け’であったかもしれません。政府に無視されてしまいますと、むしろ、宮内庁の無力さが浮き上がってしまうからです(逆に、政府が発言に従うと、天皇による政治介入の問題に…)。第5の問題点は、国民が、蚊帳の外に置かれている点です。おそらく、宮内庁長官としては、民意を背景とした天皇のお気持ちというスタイルをとりたかったのでしょう。実際に世論を見ますと、国民の多くオリンピックを機としたコロナの感染拡大に対して懸念を抱いています。世論との一致という意味においては批判的な声は少ないのでしょうが、今般の件が前例となりますと、天皇と民主主義との間に重大な齟齬が生じる可能性もありましょう。第6の問題点として挙げられるのが、同調圧力の問題です。ネットを見ましても、’天皇陛下のご気持ちに逆らうとは何事か’といった意見やコメントが散見されました。こうした権威に訴える声は、やがて日本国において自由な言論空間を圧迫してしまうかもしれません。そして最後に指摘すべき第7の問題点は、「天皇陛下は現下の新型コロナの感染状況を大変心配されている」という言葉そのものが、何を目的として発せられているのか分からない点です。’オリンピックは中止すべき’、’無観客とすべき’、それとも、’国民はワクチンを接種すべき’という意味なのでしょうか。如何様にも解釈できますので、言葉が独り歩きして様々な立場から利用される可能性もありましょう。
以上に主たる問題点を挙げてみましたが、宮内庁長官の「拝察」発言は、民主主義や自由という価値観に照らしましても、望ましいものではないように思えます。宮内庁長官の発言は、日本国を全体主義や権威主義に導きかねない点であってはならないのです。
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