しかしながら、国際社会では、韓国による積極的なプロパガンダもあって、’慰安婦=奴隷’とする虚像が拡散されてきました。国連のみならず、アメリカやヨーロッパ諸国にあっても日本批判の声が絶えず、世界各地に’慰安婦像’も設置されてきたのです。今般のラムザイヤー論文についても、ニューズウィーク誌は、「Fight for Justice」と称する団体が主催したシンポジウムにおける同論文に対する批判を紹介しています。その主たる批判点は、事業者と’慰安婦’との間の’契約における非対等性にあり、その実態は、’人身売買契約‘であったというものです(なお、同団体の基準では、’丁稚奉公‘も人身売買契約に含まれるかもしれない…)。確かに、かつて’身売り‘とも称されていた慣行があったことは事実なのですが、明治以降、日本国政府は、国際法に添いつつ、法の制定により’慰安婦‘、あるいは、’娼妓‘の保護に努めています。そして、何よりも、同団体の批判点がピントを外しているのは、’慰安婦‘という職業は、朝鮮半島に固有のものではなく、全世界において普遍的に存在してきた点です。
戦時に限っても、’慰安婦‘の出身別の構成は日本人慰安婦が半数以上を占めており、朝鮮半島出身者は比較的少数です。言い換えますと、「Fight for Justice」は、’慰安婦‘を日本軍による強制連行された女性達ではなく、その募集が雇用契約に基づくものであったことを認めた時点で、日本国のみを批判の対象とする拠り所を失ったのです。実際に、朝鮮半島や満州の歴史においても、より過酷な’人身売買‘は行われていたはずです。否、戦場における女性の略奪や奴隷化は、むしろ、チベットやウイグル等において今日なおもその一端が露わとされているように、大陸の諸国においてこそ見られます。仮に、人身売買が日本国のみに蔓延った悪習であったならば、国際社会にあって人身売買を禁止する国際法が制定されることはなかったことでしょう。