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2019-06-12 12:41
スターリン主義を引きずるロシアの対日領土交渉
加藤 成一
元弁護士
日露間の北方領土問題解決を含む平和条約締結交渉が難航している。これまで、安倍首相とプーチン・ロシア大統領の間で、歯舞・色丹・国後・択捉の北方四島での日露共同経済開発プロジェクトの合意や、航空機によるビザなし渡航の合意などが実行に移され、一定の成果がもたらされているが、肝心の北方領土問題については、ここにきて、プーチン大統領やラブロフ外相などロシア政府側から、極めて厳しい要求や主張が相次ぎ表明されている。曰く、北方四島が第二次大戦の結果、合法的にロシア領となった事実を認めることが交渉の前提である、日米安保条約による「北方領土」での米軍基地設置の可能性を否定できないことが領土交渉の障碍になっている、1956年の日ソ共同宣言には歯舞・色丹二島の主権を引き渡すとは書かれていない、平和条約締結は領土問題と切り離し領土問題を前提にしない、さらに、最近では、辺野古移設では日本政府は住民や知事の意思に反してでも米国の意向を重視しているから、「北方領土」での米軍基地設置を拒否できないのではないか、日米軍事同盟の強化はロシアの安全保障にかかわり、領土交渉の障碍である、平和条約締結は困難になった、などと内政干渉とも受け取れるプーチン氏の否定的な発言が相次いでいる。
上記の、「北方四島は第二次大戦の結果、合法的にロシア領になった事実を認めることが交渉の前提」との主張は、旧ソ連のスターリン主義を引きずるものと言えよう。周知のとおり、スターリン主義は、一国社会主義であり、ソ連覇権主義、ロシア民族主義・愛国主義(「大祖国戦争」)を特徴とする。これは国際政治の面では帝国主義的な領土拡張主義と結びつく。1939年のスターリンとヒトラーにより独ソ不可侵条約締結に際して秘密合意されたポーランドの分割占領、スターリンによる、1945年8月28日~9月5日にかけ、日ソ中立条約を破棄し軍事力による北方領土不法占領と北海道侵攻占領計画(2014年8月19日付け「産経新聞」)、「ソ連の対日違約宣戦の場合に、スターリンが揚言して、これを日露戦争の復讐だと言った」(小泉信三著「私の平和論について」小泉信三全集第10巻450頁。昭和42年文藝春秋社刊)ことなどは、いずれも歴史的事実である。これらは、1941年の大西洋憲章及び1943年のカイロ宣言による国際法上の「領土不拡大原則」に明らかに反するものであるが、現在でもロシア政府は、交渉の前提として、日本政府に対して軍事力による北方領土占領が合法であることの承認を執拗に要求しているのである。こうしたロシア政府側の要求は、スターリンによる不法な北方領土軍事占領の事実をロシア政府みずからが追認し、「領土拡張主義」のスターリン主義を引きずるものと言えよう。
ロシア政府側が、現在も日本政府に対して北方領土占領の合法性の承認を執拗に求める理由は、(1)日本が1945年8月14日ポツダム宣言を受諾し降伏した後に、ソ連が同年8月28日~9月5日にかけて軍事力により北方領土を不法に占領したこと、(2)1945年2月米英ソ間で取り決めたソ連参戦の見返りに千島列島をソ連に引き渡すとのヤルタ協定密約があったとはいえ、少なくとも日ソ間には、1941年4月締結の相互不可侵を定めた日ソ中立条約が有効に存在したこと(ソ連は1945年8月8日一方的に日本に宣戦布告し日ソ中立条約を事実上破棄した)、さらに、(3)ソ連占領の北方四島につき、日本が連合国と結んだサンフランシスコ平和条約で、ソ連の主権が明記されておらず、領有を主張するうえで弱点になると当時のソ連指導部が認識していたことが、本年6月2日機密指定が解除されたソ連の文書で判明したが(2019年6月2日「共同通信」)、現在のロシア政府が北方四島のロシア主権の確認を執拗に迫る背景には、国際条約で帰属が確定していないとの懸念があると考えられるのである。いずれにせよ、万一、日本政府が「領土の返還を急ぐあまり」ロシア政府の要求に屈して、ロシアによる北方領土占領の合法性を承認ないし黙認すれば、日本は将来にわたって、国際的にも北方領土返還を求める法的根拠を完全に失うことは明らかである。この点で、外務省が日露交渉に配慮して、「日本固有の領土」や「不法占拠」の文言を使用しなくなったことが懸念される。
とはいえ、現代はスターリンの時代ではない。現代のロシアも軍事力を背景としたクリミア半島併合など、領土問題に関しては「領土拡張主義」のスターリン主義を引きずるとはいえ、日本にとっては、ロシアは核を保有する軍事大国であり、且つ、石油、天然ガス等の資源大国でもあるロシアとの友好親善関係は、北方領土での経済協力による互恵のみならず、広大なシベリア極東開発の点から見ても有益であり、さらに日本の対露安全保障の点から見ても重要であると言えよう。したがって、ロシアとは、政治・経済・防衛・社会・文化・芸術・科学・市民・スポーツ等の交流を深め、日露両国政府及び両国民の友好親善関係を強化し、信頼関係を高めることは、日本の国益に資すると言えよう。そのことは日本国民の悲願である北方領土返還にも有益であろう。その意味で、ロシアとの「日露友好親善協力協定」の締結は重要な選択肢であろう。
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