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2018-12-05 13:46
「ゴーン逮捕」の法的検討
加藤 成一
元弁護士
日産自動車のカルロス・ゴーン代表取締役会長は、金融商品取引法違反(有価証券報告書虚偽記載)容疑で11月19日東京地検特捜部に逮捕され、その後同社の取締役会で代表取締役会長を解任された。ゴーン前会長の逮捕容疑は「平成22年度~平成26年度の5年分の報酬が合計約99憶9800万円であったのに、合計約49憶8700万円と過少に記載した有価証券報告書を関東財務局に提出した」というものである。日産自動車とフランスの自動車大手ルノー、三菱自動車の会長を兼務する「カリスマ経営者」の逮捕は、日本国内のみならず、フランスをはじめ欧米社会にも衝撃を与えた。11月29日付け「産経新聞」朝刊によれば、「ゴーン前会長の平成29年度の報酬が約24憶円であったことも判明し、有価証券報告書には7憶3500万円と記載されており、約16憶6500万円を過小に記載した疑いがあり、これを含めた直近3年分の過小記載額は約40憶円となり、逮捕容疑である5年分の計約50憶円と併せ、総額は計8年分計約90憶円に上るとみられる」と報道されている。
今後の問題は、これらの「虚偽記載」容疑について法的に起訴及び有罪の可能性があるかどうかであろう。刑法の一般理論によれば、犯罪が成立するためには、当該行為について、(1)構成要件該当性、(2)違法性、(3)有責性、の三要件の充足が必要とされる。金融商品取引法は市場の公正と健全を守り、投資家の保護を目的とする法律であるところ、有価証券報告書の提出義務(同法24条)はこの目的を担保するためのものである。したがって、有価証券報告書の重要事項について虚偽記載を行うと10年以下の懲役、もしくは1000万円以下の罰金が科される(同法197条1項1号)。有価証券報告書の「虚偽記載」とは、客観的事実と異なることを認識しながら事実に反する虚偽の事実を記載することである。11月29日付け「産経新聞」朝刊によれば、「(1)ゴーン前会長が退任後に過少記載分の報酬を受け取ることを記載した「覚書」が存在する。(2)上記「覚書」の存在をゴーン前会長自身も認めている(但し、サインはしていないと言う)」と報道され、さらに、12月2日付け同紙朝刊によれば、ゴーン前会長は、「(3)高額の報酬が開示されれば従業員の労働意欲が下がると思った」と供述している、と報道されている。以上の(1)(2)(3)の報道が事実であるとすれば、いずれも「虚偽記載罪」成立の重要証拠と言えよう。なぜなら、上記(1)(2)はサインの有無にかかわらずゴーン前会長側からの要望に基づき会社側の承諾を得て作成された書面であると考えられる上に、退任後における「過少記載」分の報酬の授受を担保する書面であると解されること、加えて、上記(3)は「虚偽記載」の動機とも解されるからである。
12月2日付け同紙朝刊によれば、ゴーン前会長は、「(1)退任後の報酬は希望額であり不確定であるから、有価証券報告書に記載義務はない。(2)グレゴリー・ケリー前代表取締役に任せており、報告を受けて適法だと思った」と供述し、ケリー前代表取締役は、「(3)金融庁など内外に相談して適法だとの回答を得ていた」と供述している、と報道されている。しかし、上記(1)は、平成22年度~平成29年度の各報酬額はそれぞれの年度で確定しているのであり、単にゴーン前会長側の意思に基づき、それぞれその約半額を退職後に受領することにしたに過ぎないと考えられるから、退職後に受領する報酬は単なる希望額とはいえず確定額と言えよう。したがって、各年度の有価証券報告書に記載義務があると解されよう。上記(2)(3)は、いわゆる事実の錯誤ではなく「法律の錯誤」であると解されるから、「虚偽記載罪」の違法性を阻却しないと言えよう。判例は、「自然犯、法定犯を問わず犯意の成立には違法の意識を必要としない」(最高判昭和25・11・28刑集4・12・2463。刑法38条3項参照)としているからである。
なお、役員報酬の「過少記載」が投資家の判断に影響を与える有価証券報告書の「重要事項」に該当するかについて、各年度の報酬10憶円前後の差は、日産自動車の事業規模からすれば投資判断を変えるほどではないから、「重要事項」に該当しない、との議論が一部にある。しかし、「過少記載」の総額が8年間で計90憶円にも上るとみられ巨額であること、長年日産自動車の最高責任者の地位にあり投資家からも注目されてきたこと、上記の議論によれば、事業規模が大きい会社ほど「過少記載」が容認されることになりかねず不当であること、などの諸点を考えれば、本件「過少記載」は「重要事項」に該当すると言えよう。以上の法的検討の結果、本件「有価証券報告書虚偽記載」容疑については、前記犯罪成立の三要件を充足する可能性があり、起訴及び有罪の可能性はいずれも否定できないと、言えよう。
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