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2018-04-04 04:29
憲法9条と「芦田修正」
加藤 成一
元弁護士
自民党では昨年5月に安倍晋三総裁が提唱した、憲法9条に自衛隊を明記する憲法改正案に関する党内での議論が終わり、いよいよ自民党改正案が国会の憲法審査会に提案される運びとなった。それによれば、憲法9条1項、2項をそのまま残し、新たに憲法9条の二として「前条の規定は(中略)必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として内閣総理大臣が指揮監督する自衛隊を保持する」旨の改正案が有力のようである。憲法9条と自衛隊との関係をめぐっては、共産党など一部野党の自衛隊違憲論や、憲法学界にも根強い自衛隊違憲論があり、今回の改正案がこれら違憲論に終止符を打ち、自衛隊の合憲性を憲法上明確にする意義は極めて大きい。自衛権を担保するための実力組織である自衛隊については現行憲法9条の下でも合憲であると解される。なぜなら、憲法9条1項は「国際紛争を解決する手段としては」との条件付きで国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使を放棄しているに過ぎないからである。そして、9条1項の「国際紛争を解決する手段としての戦争」とは「侵略戦争」のみを意味し、「自衛戦争」を含まないと解されている。
砂川事件最高裁大法廷判決は「憲法9条は我が国が主権国として持つ固有の自衛権を否定したものではなく、平和主義は無防備無抵抗を定めたものではない。9条1項はいわゆる侵略戦争を放棄したものである。」(昭34・12・16刑集13-13-3225)と判示し、百里基地水戸地裁判決も「憲法9条1項は国際紛争解決の手段としての戦争に限定して放棄したものであり、自衛のための戦争まで放棄したものではない。」(昭52・2・17判例時報842-22)と判示している。第一次世界大戦後の1928年に締結された「パリ不戦条約」(「戦争放棄に関する条約」)第1条では国際紛争解決の手段としての戦争を放棄し、第2条では一切の国際紛争を平和的手段で解決することが規定されている。米英独仏伊日など15か国が署名し、その後ソ連など63か国が署名した。このように世界の主要国を含む大多数の国々がこの条約に賛同し署名した事実は、侵略戦争は放棄するが、自国を防衛するための自衛戦争は放棄していないことを如実に示すものである。憲法9条1項の「国際紛争を解決する手段としての戦争」とはまさに「パリ不戦条約」の「国際紛争解決の手段としての戦争」そのものであり、この点からも、憲法9条1項は侵略戦争のみを放棄し、自衛戦争は放棄していないことが明らかである。
1946年8月、新憲法改正草案を審議する日本政府憲法改正小委員会において、芦田均委員長(1948年3月第47代内閣総理大臣就任)は、憲法9条2項の冒頭に「前項の目的を達するため」という文言を追加する「修正」を行った。これがいわゆる「芦田修正」である。芦田均は自著「新憲法解釈」(1946年11月ダイヤモンド社刊行)で「憲法9条1項の国際紛争を解決する手段としての戦争とは侵略戦争のことであり、自衛のための戦争や武力行使は放棄されていない」と述べている。この解釈は「パリ不戦条約」の解釈とも合致する。「芦田修正」は自衛戦争を認めるためになされた「修正」であるから、憲法9条2項の「前項の目的を達するため」とは、9条1項の「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」する目的のみならず、これを含む9条1項全体の「国際紛争を解決する手段としての戦争(すなわち侵略戦争)を放棄する」目的を意味すると解すべきである。したがって、憲法9条1項では自衛のための戦争は放棄されないから、9条2項で自衛のための戦力の保持と交戦権が認められ自衛隊は合憲となる。
歴代内閣は「芦田修正」を採用せず、自衛隊は「戦力」ではなく、必要最小限度の「実力」とみなし合憲としてきたが、必ずしも明快な解釈とは言えないであろう。近年の緊迫化する北東アジアの安全保障環境の変化に鑑み一層の「抑止力」強化のために、護衛艦「いずも」の空母化、ステレス戦闘機F35Bや長距離巡航ミサイルの導入、さらには「敵基地攻撃能力」の必要性などを考えると、今回の自衛隊明記の憲法9条改正成立の有無にかかわらず、政府はむしろ自衛隊が「戦力」であることを真正面から認め、その根拠として「芦田修正」による自衛戦争も自衛のための戦力保持も放棄していないという憲法9条解釈を改めて採用すべきであろう。この立場は、「パリ不戦条約」の立場にも合致し、且つ個別的・集団的自衛権を容認する国連憲章第51条の立場にも合致するのである。
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