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2016-08-07 17:07
実体験に基づくアクティブ・ラーニングの方向性
熊谷 直
軍事評論家
文部科学省がアクティブ・ラーニングを、高校以下小学校までの教育に取り入れようとしている。新聞報道では1990年代以後に米国の大学で手法が広まり、やがて日本でも取り上げられるようになったというが、管理学関係の手法が第二次大戦中のアメリカの軍の現場で確立していったのと同じように、私はこれも、軍教育訓練の一環として米軍で手法が確立されたものと思っている。なぜなら私は、防衛大学校で最初の航空自衛隊幹部自衛官要員として採用され、昭和34年(1959年)春から航空自衛隊で教育訓練を受け、その後戦闘部隊の実務を交えながら、教官・研究者・教育管理者として勤務する生活が長かったので、アクティブ・ラーニングにかかわることが多かったからである。それも昭和40年ごろの30歳前から米空軍の教育訓練方式に親しむ機会が多かった。同じ自衛隊でも、陸上自衛隊は帝国陸軍の伝統が生きていて旧軍作戦要務令の内容による戦術重視であり、海上自衛隊はそれ以上に「伝統墨守」と新聞記者から揶揄されてきたが、航空自衛隊は「勇猛果敢支離滅裂」と、帝国陸海軍の勇猛な生き残りパイロットがそれぞれの立場で現場指導をしていたので、米軍方式でどうにか統一を図っている状態であった。
米軍方式によるためには英語能力が必要であり、旧軍パイロットの履歴を持ち、中学校で英語を学んだり戦後に米軍基地で英語に慣れ親しんだりしたものは重要視された。文部科学省が重視しようとしているアクティブ・ラーニングは、討論やその中での発表などを通じて課題を考えさせ、集団としての意見をまとめていこうとする方式を大切にするものであるらしい。会社でもマサチューセッツ工科大学などで学んで管理学の手法としての、この方式を身に着けた社員が増えてきているようだが、そのような過去を持たない技術系の人が組織管理能力を必要とする部長になったり、上から命令することに慣れている天下りの元役人や一族経営の跡継ぎでトップダウンが経営だと思っているような人が独断で物事を決めたりしているような組織では、集団でものを考える文化が根付いていないので、会社に危機を招くような判断と指示をすることになりやすい。これは、最近の経営危機を招いた会社の事件を見ているとわかる。航空自衛隊は支離滅裂な組織であったために米軍方式を取り入れたことが、完全とは言えないまでも結果としてはある程度の合理性をもたらした。もっとも軍組織は生きるか死ぬかの状態では、短時間に判断して処置をしなければならないので独断が必要になる場合も多い。
そのときにアクティブ・ラーニング方式にこだわると融通性がない固着組織になってしまう。組織としての航空自衛隊は、大きく分けると緊急時に独断が必要になる第一線部隊と、原則的にはアクティブ・ラーニングで時間をかけてカリキュラムを作成するなど、教育訓練の根幹について合理的な判断と処置をすべき学校組織の二つになる。別に後方関係組織があるが、これについては、今は取り上げない。ただ学校であっても装備兵器の整備や使用法を教えるような現場に密着した作業員を養成する学校と、管理者または管理者のアッシスタントである本部や司令部のスタッフを養成する学校では、教育方針が違ってくる。後者はアクティブ・ラーニング方式により相応の人物を養成する方針を取らねばならないことが多い。しかし前者の場合でも、整備や使用法を教える教員には、どうすれば効果的な教育ができるかを考えてもらわねばならない。米軍方式では、第一線部隊から初めて教員として着任した下士官には、約3か月間、教員養成のための特別のコースで学ぶことが義務付けられていた。このとき、文部科学省の教職課程に相応する教案の作成や話し方などの教育技術を学ぶことはもちろん、大学のゼミのような形で、アクティブ・ラーニング的な要素を含む教育も行われた。
帝国陸海軍の伝統が強くて現場教育を重視する陸上・海上自衛隊とはやや違う教育訓練法が、航空自衛隊では行われてきたのである。特に佐官・将官を長とする組織のスタッフの養成課程では、文部科学省が高校教師相手の講座で考えているような初歩的なものではなく、専門の大学のゼミ以上の内容を持たせるものが必要であり、アメリカ軍のこの課程は、教育期間も長く大学院相当の扱いを受けている。それだけでなく米空軍に学んだ航空自衛隊は、下士官クラスの教員要員に対してさえ十分に時間を取った教育訓練を行なってきたのである。その後の状況変化でいくらか方式が修正されたようではあるが、考え方としては米軍から伝えられた方式が今でも生きていると考えてよかろう。30歳前の若いころからそのようなことにかかわってきて、定年後も関係する研究書や一般書を出版したり、防衛省の関連部署や一般の大学院生たちを相手にして講義やゼミ的なものを行ったりしてきて80歳を迎えた私の目から見て、文部科学省が言うアクティブ授業がうまく進むのかどうか疑問なしとしない。教えたり教えられたりする人の問題と歴史のなさのためである。文部科学省はメンツにとらわれずに、この方面の歴史と経験を積み重ねている航空自衛隊の状況を調べてみることもしてよいのではないか。
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