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2016-01-21 06:12
ロシアの窮状は領土問題前進の好機
杉浦 正章
政治評論家
昨日はチャイナリスクというドラゴンがのたうち回っていると書いたが、ユーラシア大陸の北ではロシアのクマがこれまた、「熊の胆」程度では治らない重症で七転八倒の状態にある。12月に着任した駐ロシア大使・上月豊久が1月19日、「北方領土交渉ではロシア内政の正確な把握が非常に重要だ」と指摘したが、至言である。これを有り体に解釈すれば、内政が行き詰まったプーチンが苦し紛れに領土交渉で前向き姿勢に転ずるかどうかを見極めるということになる。1世紀半前にやはりクリミア戦争で疲弊したロシアが米国にアラスカを売却した例もある。石油暴落でロシアに残されたものはあの広大な領土だけという現実を前にして、その“有効活用”は、首相・安倍晋三にとってチャンス到来になり得るものだ。
2014年10月から下がりはじめた石油価格は、ここに来てナイヤガラ瀑布のような急降下を示し始めた。一時30ドルの大台を割って28ドル台となった。12年4か月ぶりの安値だ。プーチンが記者会見で「値下がりは一時的なもので必ず値上がりする」「少なくとも危機のピークは過ぎた」という発言を悲鳴のように繰り返しているのを、市場はまるであざ笑っているかのようである。市場には「バレル20ドルが10年は続く」といった見方すらある。ソ連は1970年代に石油の高騰が続いて息を吹き返して「石油国」となり、ロシアになってからも、2000年代の価格高騰を追い風に国力をつけてきた。プーチンは政権基盤の重心を迷わず石油高騰の上に乗せて「強いロシアの復活」を標榜して、クリミア併合、ウクライナ干渉と言った強圧的な軍事行動を展開してきた。ナショナリズムをくすぐって、支持率は、恐らく官製ではあろうが、90%に達したが、最近の国民の窮状からすれば、支持率の実態はまず暴落の一途だろう。賃金の不払いが続出しており、ルーブル安がインフレ率の高騰を招き、国民の生活は厳しくなる一方だ。労働者のプラカードには「プーチン、どう生きていけばいいの」といった切実なものが現れている。
背景にはサウジアラビアと米国の対露戦略がある。端的に言えば、サウジはロシアを石油市場から追い払いたいのであり、米国はその国際戦略から目の上のたんこぶであるプーチンを叩けるだけ叩いておきたいのだ。石油王国の米国とサウジが期せずしてロシア叩きで一致して、ロシアの弱い脇腹にドスを突き付けているのである。米国は議会が原油の輸出を本格的に解禁する法案を成立させ、ロシアをさらに追い込む条件は整った。これに石油大国イランへの経済制裁が解かれ、同国は石油市場に参入、ロシアはまさに四面楚歌の窮地に陥っているのだ。石油輸出が原油と精製石油の合計で全輸出額の55%を占めてきたロシアは、2016年の政府予算でも大誤算をしている。何とバレル50ドルを前提に組んでしまったのだ。これが20ドル台になれば、単純計算でも石油による収入は半減と言うことになる。もし原油価格の低迷が続けば、国家予算は年金など社会福祉予算の削減にまで及ぶ可能性がある。プーチンは石油高を背景に年金増額など国民うけする政策をとってきたが、完全に行き詰まった。プーチン支持層の中核が崩れかねない状況でもある。
プーチンのやせ我慢は限界に来ているはずだ。そこで安倍外交だが、国際外交では「困ったときの友こそ真の友」は通用しない。筆者は「困ったときの友を見捨てるのが真の友」という厳しい局面をたびたび目にしてきた。見捨てる必要は無いが、利用する手はある。ここは北方領土問題を打開するまれにみるチャンスが来た、ととらえるべきであろう。プーチンはサミット前の安倍の訪露をモスクワでなく地方で実現したい意向を示している。おそらく極東方面の都市が念頭にあるのだろう。場所は何処でも良いが、どうも対露外交が受け身になっていないだろうか。「会いたいというから、会ってやる」というプーチンの姿勢が場所ひとつとっても鼻につくのだ。
会談を繰り返すことには意義があるが、別に会ってくれなくてもG7サミットの議長国としての立場が損なわれることもない。ロシアの意向がG7に反映されないだけのことである。ロシアの閣僚の居丈高な北方領土をめぐる発言や国防相・セルゲイ・ショイグの「国後・択捉で軍事基地建設」発言などに対して、政府は通り一遍の反応でなく、厳しい反論を展開すべきであろう。プーチンにとって、領土で日本にいい顔をすれば、確実に支持率が下がる。クリミア併合で爆発的に支持率を上げたことからいえば、国民のナショナリズムを刺激することは目に見えているからだ。しかし、自国の経済が息も絶え絶えになってくれば、話は別だ。ここは背に腹は代えられないところまでロシアが弱るのを見極める時だ。その時期はそう遠くはないと思う。安倍は北方領土で物欲しげな顔をせずに、領土を返して平和条約を締結すれば極東から“夢”が生じて来るような構想を提示するのだ。
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