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2014-11-26 10:46
「中所得国の罠」と不確実性
池尾 愛子
早稲田大学教授
中国の大気汚染対策のスピードは遅い。石炭の品質規制が実施される予定になり、天然ガス車(おそらく圧縮天然ガス車)や液化天然ガス(LNG)車の開発・普及が図られ始めているとの話である。しかし、中国の酷い大気汚染には種々の理由がある。その一つは、自動車の販売数が着実に増加し、かつ低品質で鉛分を含んだガソリンを使っていることである。必要な環境対策の一つには、高い品質のガソリンを生産するための設備を整えることがある。これは大型投資になるようだ。考えてみると、大型投資が敢行できるのは、将来の販売見通しが好調であるとの予想が確実でなければならない。民間企業の場合、将来の不確実性が高い時には大型投資に踏み切ることが難しい。国営石油企業がガソリンの品質改善のための大型投資に踏み出せないのならば、中国政府が経済成長率の鈍化を予想して、まるで中国経済の将来に希望が持てないみたいにみえるではないか。あるいは、国民が値上がりしたガソリンを買いたくないのであろうか。
今年、中国人研究者たちからよく聞こえてくる科白に、「高効率の送電網の値段は高い」「天然ガスの値段は高い」などがある。手元情報と併せてみると、大都市から離れたところに、天然ガスまたは石炭を燃焼させる火力発電所を建設し、電力ロスの少ない長距離送電網を利用し始めたようだ。それにより、大都市近くで低品質の石炭を燃焼させていた低効率の火力発電所を閉鎖し、低効率の近距離送電網の利用を減らしながらも、電力需要の増加に対応しているようだ。ただ、電力消費地の近くに発電所を設置すれば、送電ロスは無視してよい(大きくてもよい)、という考えが以前に支配的だったようで、それが十分には解消されないまま、送電網は延長されてきていたふしがある。(廉価で)効率の悪い送電網を使って長距離送電を行おうとすると、送電中にほとんどの電力が失われかねないとの危惧を伝えられたことがある。
日中のエネルギー・環境協力をめぐるシンポジウムでは以前、石炭燃焼中に利用できるクリーン・コール・テクノロジー(CCT)や脱硫技術に関連する協力を要請する発言がよく出ていた。以前から囁かれていたことであるが、石炭燃焼中のCCTよりも、燃焼前に石炭の灰分や硫黄分を除去するCCTの方が望まれるのではないか。工業化が円滑に進んだ国では廉価な石炭がとれた、という因果関係が指摘されている。さらに経済成長を続けられるかどうかは、環境汚染対策などを適切に実施できるかどうか、に依存することも明らかであろう。大気汚染が酷くなると経済活動が停滞することは、中国の例を見ても明らかである。
「中所得国の罠」が想起されるであろうが、この話はたぶん謎めいているのではないか。これは長期経済データ等を使った国際比較研究の結果に基づいて提唱された形になっているものの、実は当該論文の著者たちは研究結果が持つ政策的意味(インプリケーション)を十分に承知していて、政策的意味を導出しやすいように分析結果を解釈して提示したといえそうだ。2012年に論文初版が出て、2013年1月に改訂版が発表された。3人の共著者の1人が学内セミナーで昨2013年1月10日に話をしてくれた時、感じられたことである。また、計量分析の手続きに瑕疵があることも指摘された。それゆえ、学生・大学院生に推奨しにくい論文である。これらの点により論文著者たちの意図したインパクトは減じられたといわざるをえない。計量分析結果からどの程度強い主張ができるかは微妙であるが、「中所得国の罠」は直観的には分かりやすい。(論文は主題の「Growth Slowdowns Redux」でウェブ検索可能である。)
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