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2014-11-18 10:24
大国心理の崩壊と日本外交
加藤 朗
桜美林大学教授
明治維新以来、一貫して日本人はアジア随一の大国としての心理を抱いていた。しかし、2010年代に入りその心理はすでに過去のものとなった。今や日本に代わってアジアの大国、アジアの盟主が中国であると、中国人はもとより日本人のほとんど全員が思っている。それどころか、韓国人でさえ、日本にはITとグローバル化では勝っていると思っている。中国、韓国ではついに日本に勝ったという心理が国民の間に横溢しているのだろう。筆者を含めほとんどすべての日本人がこれまで、意識のあるなしにかかわらず、日本はアジアの大国、アジアの盟主との心理を抱いていた。だからこそ慰安婦問題にみられるように、日本人の間に、中国や韓国を弱者とみなし彼らに寄り添う心理的余裕が生まれたのである。
慰安婦問題がにわかに大きな問題になったのが、日本のバブル期であったことは決して偶然ではない。当時日本の大国意識は絶頂期を迎えた時代であった。将来はアメリカと日本の共同覇権、アメリッポンの時代が来ると本気で信じられていた時代だった。他方、中国は依然として発展途上国の域を出ず、韓国もオリンピックを開催するだけの国力を回復したものの、日本の経済力とは比較にもならなかった。この日本と中、韓の経済力の差が日本人に心理的余裕、優越感を生み、「良心的日本人」と称される人々に慰安婦に寄り添うことで自らの良心の証としたいとの思いがめばえたのだろう。慰安婦問題での誤報を朝日新聞が取り消したのが今年2014年であったことも決して偶然ではない。朝日新聞が日本政府に厳しく、他方中、韓に肩入れするような報道ができたのは、まさに日本人の大国心理や優越感を前提にしていたからである。
その前提が崩れた以上、もはや朝日新聞がよって立つ弱者への思いやりという倫理的優位性も失われてしまった。また日本人の多くが中、韓からの非難に鷹揚に構える心理的余裕を失った。朝日新聞へのバッシングは、まさに日本が大国の座から滑り落ちたことへの日本人のいらだちである。またいわゆる在特会に集まる人々は、まさに中、韓の弱者よりも日本人の方がより弱者に、劣位に置かれているとのいらだちからヘイトスピーチを繰り返すのだろう。日本はもはやアジアの大国でも盟主でもない。この現状をどう心理的に受け止めてよいのか、だれも答えを見いだせない。安倍政権や自民党は「強い日本」を取り戻すとして、経済、軍事に力を注いでいる。
しかし、どうあがいても経済や軍事のハードパワーで中国を追い抜くことはできない。他方いわゆる平和主義者は憲法九条にノーベル賞を授章させ、ソフトパワーで何とか平和大国として優越感に浸りたいと願っている。しかし、不思議なことになぜ憲法九条がノーベル平和賞に値するのか、だれも論理だって説明できない。右も左も、だれもが日本がアジアで二番目の国になったことを心理的に受け止められないでいる。日本が置かれている現状は、添谷芳秀慶応大学教授が主張するような冷戦時代のミドルパワーではない。冷戦時代日本は国際的にはミドルパワーであったかもしれないが、アジアでは随一の大国だったのである。しかし、今はアジアでも大国の地位から滑り落ちてしまった。心理的余裕を失った日本人は今、原発反対、TPP反対等の現代の「鎖国」政策をとるか、あるいは原発再稼働、TPP加盟等の「開国」政策で再度「坂の上の雲」を目指すか、まさに正念場にある。
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