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2006-09-15 08:52
「東アジア共同体の目標、原理、価値」について
石垣泰司
東海大学法科大学院教授
9月1日付け「第4回NEAT総会出席の所感(メモ)」を大変興味深く拝見した。とりわけ「3.東アジア共同体の目標、原理、価値」の部分については、前回の第3回東京総会に主催者側の一員として参加して実際に見聞し、また昨年12月クアラルンプールでのNEATカントリー・コーディネーター会合に日本側代表として出席したときの自分の経験と重ねあわせて、現地での緊迫感とASEAN諸国代表と実際の交渉に当たった伊藤憲一首席代表のご苦労は今回如何ばかりであったかと容易に推察することができた。とくに、本件論争は、日本が主体的にとりまとめた東京総会の「政策提言」の取扱いと将来にわたる「東アジア共同体の目標、原理、価値」にかかわるものであっただけに、日本としては譲れなかったところというのは同感であり、しかも日本の主張が受け入れられなかった場合の覚悟も秘めて、各国代表と向き合わて頑張られたというのは、余人にはなかなかできないことで、ただただ敬服するのみである。
それにつけても「東アジア共同体の目標、原理、価値」の中の重要構成要素であるべき「民主主義、人権」についてすらASEAN諸国の一部(ただし重要国)の知識人の抵抗感には強硬なものがあり、さる9月8日「グローバル・フォーラム」主催で東京で開催された「日・ASEAN対話:東アジア・サミット後の日・ASEAN戦略的パートナーシップの展望」の第1部「東アジア共同体構想の現状とASEAN統合」でも、冒頭の基調演説を行ったマレーシア国際戦略研究所会長のジョハール・ハッサン(マレーシアNEATカントリー・コーディネーターでもある)は、日本が近時「民主主義、人権」をしきりに強調するようになったのについては、中国に対抗し得点を挙げようとする狙いが看取され、「民主主義」があまり強調されるとASEAN諸国の中にも困る(in trouble)向きも少なくない、との本音の発言を行っていた。小生としては、同発言は看過できない思い、自由討論時間の中で、自分より同氏のそのようなとらえ方は適切ではなく、日本としては東アジア共同体の目標、原理に関しては「民主主義、人権、法の支配」等についての共通認識を確立することが枢要であると真剣に考えているのであって、中国に対抗してことさら持ち出している訳ではなく、共通価値の問題は、東アジア共同体の論議を深めて行く場合避けて通れない重要な点であるとのコメントを行った。
これに対し、ハッサン氏よりは、同氏の上記発言は、日本の政治家の最近の発言を読んでそのように感じた次第であり、「民主主義、人権」についてのASEAN諸国の状況は国毎にまちまちで複雑なのが実情であると答えた。ただ、多少なりとも安堵したのは、この点に関連してフィリピンのカロリーナ・ヘルナンデス戦略開発問題研究所所長が「民主主義、人権」はこれまでのASEAN関係サミットで発出された文書の中でASEAN諸国として公式に認めている価値であるとの指摘をしてくれ、またASEAN事務局代表のタームサック・チャラーンパラヌパップASEAN事務総長特別補佐官も来たるべきASEAN+3の地域協力に関する新たな枠組みを定める「第2回共同声明」を起草するASEAN+3のフアースト・トラックの作業の過程では、各国が起草を分担することとなるが、「政治関係」部分のテキストの起草については、この点で日本が担当し、貢献してくれることを期待している旨発言してくれたことであった。
なお、本件やりとりがあった上記「対話」の「第1セッション」終了後、ハッサン氏が小生のところにやってきて、何カ所も自分でアンダーラインしたとみられる一枚の外国通信社の東京発報道テキストを示し、同氏の上記発言は、安部晋三官房長官自ら、東アジア共同体を進めていくに際しては、日本として、豪州、インド等と協力して中国の弱点である人権、民主主義をついていく必要があると述べているのを読んだからであると述べたので、小生よりそのような報道から余り政治的意図を深く読み過ぎないで、物事の実質を真剣に考えて欲しい旨要望しておいた。
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