政策本会議

第109回政策本会議
「人口減少時代の日本の開発協力
―歴史から捉え直す外国人材受け入れ―」
メモ

2026年2月27日
東アジア共同体評議会(CEAC)事務局


報告のようす

第109回政策本会議は、大山貴稔九州工業大学教養教育院人文社会系准教授を報告者に迎え、「人口減少時代の日本の開発協力―歴史から捉え直す外国人材受け入れ―」と題して、下記1.~7.の要領で開催された。


  1. 日 時:2026年2月27日(金)16時より17時30分まで
  2. 開催方法:日本国際フォーラム会議にて対面およびZOOMウェビナーによる併用
  3. テーマ:「人口減少時代の日本の開発協力―歴史から捉え直す外国人材受け入れ―」
  4. 報告者:大山 貴稔 九州工業大学教養教育院人文社会系准教授
  5. モデレーター:菊池 誉名
            東アジア共同体評議会常任副議長 / 日本国際フォーラム常務理事
  6. 出席者:44名
  7. 審議概要
     講話の概要は以下の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われた。

(1)JICAの変容が示す盲点:人の移動という視角

本報告では、日本の開発協力政策を人口の観点から捉え直し、外国人材受け入れとの関係について歴史的に考察する。とりわけ近年の政策変化を理解するうえで注目されるのが、国際協力機構(JICA)の役割の変容である。JICAはこれまで政府開発援助(ODA)を中心とする対外協力を担ってきたが、近年では外国人材の受け入れ支援や多文化共生に関する国内事業にも取り組み始めている。こうした動きは、開発協力が単なる対外政策ではなく、日本社会の人口構造や労働力問題とも深く結びついていることを示している。

従来、日本の開発協力は主として経済、外交、安全保障といった観点から説明されてきた。経済面では原料確保や輸出拡大など国内産業の振興と連動し、外交面では貿易黒字の国際還流や経済大国としての責任を果たす手段と位置づけられてきた。また安全保障の観点からは、紛争予防や復興支援などを通じて非軍事的に国際秩序の安定に関与する政策として理解されてきた。しかし、このような説明のなかでは「人口」や「人の移動」という視点が十分に考慮されてこなかった。長期的に見れば、日本社会は過剰人口の問題から人口問題の後景化を経て、現在の人口不足の段階へと移行しており、開発協力政策の変化もこの人口構造の変動と密接に関係している。

(2)帝国的調整期(1920~60年代):送出装置としての開発協力

こうした観点から本報告では、日本の開発協力を人口統治の技法として捉え、三つの時代区分によって整理する。第一は、1920年代から1960年代にかけての「帝国的調整期」である。この時代には、人口増加が国家の発展を支えるというナショナリズム的な発想と、限られた領土では人口を養えないというマルサス的な問題意識が結びついていた。その結果、海外移住や植民が人口圧力を緩和する手段として位置づけられ、人口の「列島外」への移動が促進された。こうした政策は開拓や文明化、さらには海外経済協力といった言説のもとで正当化されたが、その実態には植民地支配や強制移住、資源収奪といった帝国的論理が含まれていた。

(3)忘却的安定期(1970~90年代):境界線の引き直しとODAの道徳化

第二は、1970年代から1990年代にかけての「忘却的安定期」である。この時期、日本では人口問題が次第に後景化し、海外移住政策は国際協力政策へと転換していった。国内の人口問題は過疎や過密といった地域問題として扱われる一方で、国際社会に対しては「平和国家」としての日本の役割が強調され、政府開発援助(ODA)が国際貢献の象徴として位置づけられるようになった。この過程で、日本社会の認識は「内=自」「外=他」という形で整理され、開発協力は国外に向けた道徳的な政策として語られるようになった。しかし同時に、この枠組みは帝国期との歴史的連続性や海外日系人の存在を見えにくくする側面も持っており、ODAはある意味で帝国的記憶を覆い隠す装置として機能していたとも指摘できる。

(4)反転的再編期(2000年代以降):流入装置への転換

第三は、2000年代以降の「反転的再編期」である。人口減少社会の進行とともに、日本では労働力不足が深刻化し、外国人材の受け入れが政策課題として浮上した。留学生政策や経済連携協定(EPA)、さらには技能実習制度などを通じて、多様な在留資格による外国人の受け入れが拡大している。ここでは、人材育成や国際貢献、共生や交流といった理念が掲げられているが、実際には労働力供給の確保や労働搾取の問題、さらには外国人の定住化といった課題も顕在化している。こうした状況のなかでJICAは国内事業を強化し、JP-MIRAIなどの取り組みを通じて外国人労働者の受け入れ環境の整備にも関与し始めている。これは、これまで断片化していた外国人政策を補完する役割を担いつつあるとも言える。

(5)考察と展望:争点はどこへ移っているか

このように人口の視点から振り返ると、日本の開発協力は必ずしも常に「外」に向けられた政策ではなかったことが分かる。むしろそれは、国内社会の人口圧力や労働力問題を調整するための統治技法として機能してきた側面を持つ。近年の議論では外国人受け入れの是非が争点となってきたが、現在ではむしろ、受け入れた後にどのように統治し社会に包摂していくのかという問題へと焦点が移りつつある。すなわち、外国人労働者の権利、労働条件、生活保障といった制度的枠組みが問われているのである。

今後の展望としては、日本側と受け入れ側の双方で変化が進んでいる。日本では財政制約の深刻化や国際協力の担い手不足、さらには国内地域の「途上国化」とも言える状況が生じつつある。一方でアジア諸国でも少子高齢化が進み、これまでのような成長中心の政策から人口減少への対応へと政策課題が移行している。こうした状況のなかで、日本が蓄積してきた人口減少社会への対応経験は、新たな協力資源となる可能性もある。

以上を踏まえると、今後の課題は、日本の開発協力の存在理由を改めて再構築することにある。これは単なる政策技術の問題ではなく、日本の「先進国」としてのアイデンティティの揺らぎとも深く関わる問題である。移民政策や労働力政策と開発協力をどのように結びつけていくのか、また知識協力を中心とする新しい国際協力の形をどのように構想していくのかが問われている。形式上はODAの枠組みが維持されていても、実質的な意義が空洞化する可能性もある。そうした状況を踏まえ、日本の開発協力の新しい理念と役割を再定義していくことが、今後の重要な課題となるだろう。

以上
文責:事務局