政策本会議

第100回政策本会議
「中国・過剰貯蓄・過剰投資・過剰債務モデルの行き詰まり」
メモ

2024年9月9日
東アジア共同体評議会(CEAC)事務局


報告のようす

第100回政策本会議は、坂本正弘日本国際フォーラム上席研究員/元経済企画庁経済企画審議官を報告者に迎え、「中国・過剰貯蓄・過剰投資・過剰債務モデルの行き詰まり」と題して、下記1.~6.の要領で開催された。


  1. 日 時:2024年9月9日(月)16時より17時30分まで
  2. 開催方法:日本国際フォーラム会議にて対面およびZOOMウェビナーによる併用
  3. テーマ:「中国・過剰貯蓄・過剰投資・過剰債務モデルの行き詰まり」
  4. 報告者:坂本正弘日本国際フォーラム上席研究員 / 元経済企画庁経済企画審議官
  5. 出席者:52名
  6. 審議概要
     坂本正弘上席研究員から、次のとおり基調報告があった。

(1)過剰貯蓄・投資・債務モデルと現在の不況

中国経済は、GDP5割弱の貯蓄を持つ異常な構造だが、この過剰貯蓄が過剰投資・過剰債務を推進し、現在の深刻な不況を齎している。もっとも、2010年代初めまでは、高貯蓄が高投資、輸出増大を賄なった。中国は、2001年WTO加盟後、外資の相次ぐ流入、豊富な労働力の注入により、生産と輸出を激増させた。2008年からの4兆元投資も、高貯蓄が賄い、インフラの拡大と生産の急拡大により、世界の工場となり、2010年には日本を追い越す世界第2位の経済大国となり、2014年以来輸出NO1を実現している。しかし、2014年から16年にかけての経済減速に対して政府の対応が不十分であったことが金融不安をもたらし、約一兆ドルの外貨が流出した。IMFは中国政府に対して、過剰な貯蓄・投資のサイクルを基盤にした経済成長を図ることによる債務の急増に危機感を示し、消費主導で民間企業を優遇するため改革の実施を勧告したが、中国政府はインフラ等投資の拡大によって経済不況を乗り切ろうとした。値上がりを続ける住宅は良好な投資物件であり、複数戸の所有も多くみられ、貯蓄を吸収したが、実需を大きく上回る住宅建築状況となった。中国経済は,2020年代ゼロコロナ政策で打撃を受けたが、習近平政権による共同富裕や住宅規制、反スパイ法が経済をさらなる悪化へと導き、住宅融資にも規制が強まり、不動産バブルは崩壊し、資産デフレが激化した。

中国経済の異常なほどの過剰貯蓄は現在も続いており、2023年のGDPに占める総貯蓄44%という割合は、日米に比べて約20%以上高い水準となっているが、投資効率は大きく低下し、中国の債務全体はGDP成長を上回る増加を続けている。不動産不況は企業債務を増大しているが、家計は資産デフレを貯蓄の増加によって補填している状況であり、地方政府は特に融資平台の抱える膨大な隠れ債務に直面している。注目すべきは、中央政府の債務の低位である。

(2)デフレ下の3重点リスク

中国経済は、現在、名目GDPの伸びが実質を下回る典型的デフレの状況にあるが、特に、不動産不況、地方財政危機、および金融不安は景気の回復を妨げる3重点リスクとして認識される。 まず不動産に関してだが、住宅の過剰が販売数と価格を下落させ、大手不動産会社の事実上の破産と資産デフレが生じている。住宅の建設が未完成のままである事例や、セメントで作られた住宅の劣化がはやいことによって入居者や入居予定者が不満を募らせ住宅ローンの支払い拒否も生じている。不動産業界の不況に対し、政府は住宅ローンの金利引き下げや優良不動産企業による住宅完成、地方政府による住宅の買い上げなどの対策を実施しているが、注目すべき効果が見られない。

次に、地方財政の困窮は、不動産の不況に影響された土地収入減少と税収減の反面、インフラの拡大や防疫対策による歳出の増加に起因する財政赤字に拡大に直面し、公務員の給与削減、罰金収入の増加、過去にさかのぼる税収徴収などの混迷ぶりである。地方政府にとってのより大きな困難は、融資平台による膨大な隠れ債務であり、銀行を通した借り換えが唯一の選択だが、貸し付け条件は悪化の一途を辿っている。

上記のような不動産業界を生存させるための支援提供や、地方財政対策のための貸付を行っているのは金融機関である。大手金融機関の貸し倒れ引当金にはまだ余裕があるとの見解があるものの、銀行の利ざやは警戒ライン1.8を下回る1.54を今年6月に記録し、金融に対する不安が広がっている。

(3)IMFの勧告と中国政府の生産力増強戦略

IMFは本年の中国経済4条協議において、現在の深刻な不況に対し、中央政府のより積極的な介入の必要性を強調するとともに、投資重視の成長モデルの転換の必要性を勧告した。具体的には、不動産業界にて営業不振企業の退去や、地方政府への税源移譲、融資平台の解体や、金融組織の保全のための弱体銀行の解体などへの中央政府の介入であり、また投資主導でなく、消費主導によって成長を図る構造への移行が肝要とした。

これに対する中国政府対応であるが、不動産や融資平台、金融組織などの既存の問題への対応には消極的な態度を貫き、EV車や先端半導体、AIや宇宙関連技術といった新質生産力の供給構造の進化によって経済の成長および安定を図る方針を示している。中国は過剰貯蓄を原資とする投資によって国内の生産力を充実化させる従来の姿勢を崩さず、生産された新規技術関連品目の輸出を通した成長路線の開拓を目指している。

今年7月開催の3中全会では中国式現代化の推進のための改革を2029年までに行うとしたが、その柱は、新質生産力の拡大・科学技術強国と国家安全・国防現代化の2つである。しかし、中国現代化の枠外であるが、不動産不況、地方財政、中小金融機関の3重点リスクを取り上げ、さらに洪水対策を取り上げ、これらの問題に関して「社会安全・世論形成を誘導し、外部からの試練に効果的に対応する」とするのは異常であり、強い危機意識の反映であろう。治水は歴代王朝の関心事であるが、今年は中国各地で異常気象による堤防の決壊や洪水がしい発生したことは危機意識を高めていると見られる。

(4)中国の新質生産力拡充の世界市場にもたらす影響

今年4月にイエレン米財務長官は、中国の新質生産力に関して、補助金による過剰投資・過剰生産によって生産量が国内需要を超え、赤字企業による安価な輸出が世界市場を撹乱していると警鐘を鳴らした。新エネルギー車(NEV車)に関しては、中国のNEV車の育成は2010年から開始されており、テスラ社による技術協力や、政府による補助金、土地提供、融資などの支援により、急拡大を続けてきた。現在でも百社を超える企業が参入、撤退、破産を繰り返しており、国内に数十万台のEV車が放置され、問題を引き起こしている。2025年には年間3600万台のNEV車の生産が可能になると見込まれるが、国内での競争気激化とともに、イエレン長官の説くごとく赤字企業による輸出が世界市場をかく乱する恐れがある。中国NEV車に対し、アメリカとカナダは関税を今後100%へ引き上げることを発表している。EUは中国産NEV車への関税の48%引き上げを今年10月から導入する予定だが、中国車のプレゼンスの高まりにより、フォルクスワーゲンの工場閉鎖がある。中国は、途上国市場を目指し、NEV企業のタイへの工場展開などが相次いでいる。現在、EV車は、一時停滞のキャズムにあり、日本のトヨタ社は現在水素自動車への注力によりNEV業界での競争力を維持する方策を貫いているが、今後の中国NEV車の広まりと動向には十分な警戒を要する状況である。

これらの新質生産力を含めた中国による工業製品の過剰生産と中国国内での過小消費は他国の中国への輸出を大きく拡大しており、2024年には約1兆ドルの貿易黒字を生み、世界との貿易摩擦の激化が予想される。

(5)中国と世界の関わりの今後

中国は二十一世紀にかけて経済および軍事の大国として台頭し、広大な市場と生産力を背景にした強制的な外交戦略や国連安全保障理事会常任理事国としての権威をもって、欧米のみならず第三世界への影響力も強めている。特にロシアとの連携やグローバルサウスでの開発支援を通した圧倒的な存在感は、今後の国際関係の行方に直結する威力をもつ。しかし現在の深刻な国内の経済危機は、従来の莫大な投資による開発の成功と経済発展のモデルの継続に今後暗雲が立ち込める可能性を明示している。現在の深刻な経済危機はこれまでの中国の経済力・輸入力カードを制約する一方、新質生産力をはじめとする過剰生産の海外市場への売り込みを重視する重商主義的姿勢を強めることとなろう。経済困難は中国の閉鎖性と安全保障重視強める可能性がある。しかも、強い大国意識は残り、軍事力の増強は続くであろうから、軍事力を梃とする対外姿勢が強まるかもしれない。中国の台湾侵攻の懸念が示される中で、隣国・中国の動向について、日本は一層注意深く監視する必要がある。

以上
文責:事務局