政策本会議
第99回政策本会議
「中国の「一帯一路」を検証する-
「質の高いインフラ」と「債務持続性」を中心に」メモ
2024年7月4日
東アジア共同体評議会(CEAC)事務局
第99回政策本会議は、稲田十一専修大学教授を報告者に迎え、「中国の「一帯一路」を検証する-「質の高いインフラ」と「債務持続性」を中心に」と題して、下記1.~6.の要領で開催された。
- 日 時:2024年7月4日(木)16時より17時30分まで
- 開催方法:日本国際フォーラム会議にて対面およびZOOMウェビナーによる併用
- テーマ:「中国の「一帯一路」を検証する-「質の高いインフラ」と「債務持続性」を中心に」
- 報告者:稲田十一 専修大学教授
- 出席者:70名
- 審議概要
稲田十一専修大学教授から、次のとおり基調報告があった。
(1)中国・日本のインフラ輸出戦略
中国は2010年に日本のGDPを超して以来、その経済的台頭は、輸出額と外貨準備高の日本を上回る拡大、世界銀行・国連機関などにおける拠出比率の高まりなどにも現れている。経済成長を背景にして、2013年に表明、2017年に政策に組み込まれた一帯一路構想(BRI)は、中国の地理的な近接性を超えた途上国へのインフラ輸出を拡大させた。2019年以降、東南アジアへの政府開発資金(Official Development Finance)のなかで中国の占める比率は低下したが、アフリカにおいては中国による融資や投資は圧倒的な割合を占めている。一方、日本のインフラ輸出は、2000年代後半まではアジアの交通インフラの分野を中心に大きな存在感を保持していたものの、中国のインフラ投資における価格の安さや意思決定の速さ、多様な気候施工条件での豊富なプロジェクト経験、柔軟な交渉力などに圧倒され、近年は競争力が低下している。これらを受けて2010年代以降、日本はリスク評価能力や技術力、国際信用力をもって「質の高いインフラ」投資を推進している。インフラの質の高さには、プロジェクトの経済合理性や開放性・透明性が含まれ、これらに加えて借入国の債務持続可能性を重視する姿勢は中国のインフラ投資に対抗する意図を包含している。
(2)日本と中国のインフラをめぐる競争事例
以下では、日中のインフラ支援を現地調査した中から、主に東南アジアにおけるいくつかの事例を取り上げ、経済支援における日中比較について述べる。
まず、フィリピンの鉄道インフラの整備では、日本は合計で約6000億円の借款を表明している一方で、中国は約4500億円相当の支援を表明するなど、それぞれ大規模な支援を打ち出しているが、フィリピン政府は借款の金利などの条件と外交関係を鑑みながら、両国からの提案を天秤にかけて選択してきた。これまでは日本の方が借款契約の条件がよく、鉄道分野では日本が圧倒している。フィリピン(マルコス)新政府はドゥテルテ前政権が結んだ中国との借款契約の再交渉を指示するなど、中国案件は停滞している。
次に東ティモールへの援助に関しては、中国は政府関連施設の建設の無償援助を通して国家基盤の形成や外交関係の強化を図ったり、PPP(官民連携)による港整備を受注する一方、日本は、港の改修整備や農業・教育分野など様々な事業を無償資金協力の枠組みで援助してきた。東ティモールにおける唯一の円借款事業であった国道1号線の改修事業では、国際競争入札により中国企業が現地での建設業務を担うこととなり、現場において中国の存在感が高まることで日本の期待する外交的な効果を危惧する意見もあった。しかし、地理的環境の厳しい現場での工事を中国企業が担うことで開発が進むのであれば、それを是とする見方もある。
カンボジアにおいては、2010年以降、中国による投資や援助の金額の割合が抜きんでている。中国による開発事業に伴い住民の強制的な立ち退きが生じたり、中国による海軍基地の改修を米国が問題視したりという懸念が指摘される中で、高速道路建設や経済特区・リゾート開発などによるシアヌークビル周辺での中国の存在感は圧倒的である。一方で長年日本も多岐にわたる無償援助や円借款供与を通してカンボジアの経済発展へ寄与してきた。日本の最初のカンボジア支援事業であるプノンペンの橋の隣に近年中国によって橋が併設されたことは、日中の役割交替を象徴するものとも言えるが、日中の支援が補完しあってカンボジアの経済発展を支えてきたとの見方もできる。
さらにスリランカでは、2009年以降、親中派のラジャパクセ政権下で中国からの融資や援助が急拡大する中で、自国の経済破綻も重なって中国に対する莫大な債務が問題となっている。中国にとって南シナ海やインド洋のシーレーンは日本以上に地理的に重要性が高く、中国による一連の港湾支援は、経済的・軍事的な両面での重要性をもっていると見られる。日本もこの地域の地政学的重要性を意識して「FOIP(自由で開かれたインド太平洋)」を打ち出している。客観的にみて、これは中国を強く意識した構想であって、日本政府による東南アジア、南西アジアとの経済的な連結性強化を目指した案件が少なからずあるが、これは安全保障面での関係強化を含んでいると言えよう。
最後にエジプトに関して、中国は近年エジプト政府へLRT(高架鉄道)整備を含む新首都建設事業のための財政支援に注力しており、一方で日本も円借款を通じてカイロ西側の大エジプト博物館およびそこにつながる地下鉄整備事業に円借款を供与している。両国による支援は、結果としてカイロの東西で日中が張り合っているようにも見受けられる。
一帯一路の表明以降、開発支援の拡大を図ってきた中国であるが、2017年頃から事業の中断や見直しを迫られる案件が増え、開発支援の金額は減少している。これは途上国で政権交代や、住民や国際社会からの批判を受けたことに起因する。例えば、ミャンマーのミッソンダムの建設事業では、2011年の民政移管後に事業に対する住民の反対や環境汚染への懸念が表面化し建設は中断した。中国は内政不干渉の原則を打ち出す中で、途上国の政変や民主化による中国の支援事業の頓挫や見直しは、スリランカやマレーシア、シエラレオネやパキスタンでも生じた。
(3)国際的ルール・枠組みづくり
今後、「質の高いインフラ」と「債務持続性」への対応という二つの観点において、中国による途上国支援はどこへ向かっていくのか。
まず質の高いインフラに関して、近年の前向きな兆候として、中国政府や国営企業が環境問題や住民移転、経済合理性に基づく資金計画の観点に基づいて、より慎重に事業審査を行うようになっていることのほか、国際基準の環境・社会的インパクトのガイドラインを重んじる国際協調的な姿勢をみせ始めるなどの変化が見受けられる。今後は、国際社会が「質の高いインフラ」の重要性を強調しながら中国を国際的なルールに取り込み、事業の開放性や持続可能性などに関して中国をより協調的な姿勢に転換させる努力が求められる。
つづいて、債務持続性の問題に関して、これまで国際社会は重債務貧困国に対して債務帳消しをおこない無償援助で支援してきたが、中国は多額の融資を供与することで互いの利益につながる「win-winの関係」と称してきたものの、被支援国が返済困難に陥る事例が少なからず発生している。これらを踏まえ、債務問題や債務の再編に関しても、二国間での自国優先の抜け駆けをするのではなく、国際的な枠組みと歩調を揃え協調して債務削減・再編を目指すよう、中国に対する国際的圧力が必要である。
中国は現在、国際協調を学習するプロセスの途中にあるとみることができる。「質の高いインフラ」と「債務持続性」の観点において、中国を国際的な協調の枠組みに足並みをそろえるよう誘導するためには、国際的圧力や批判にとどまらず、中国自身が多国間主義に基づく国際貢献への意識を向上させ、実務的なレベルでの政策転換をより高いレベルで決断する事が期待される。こうした中国の国際行動のある種の「リベラル化」への兆候を捉え、中国を国際協力の枠組みへと導くことが、国際社会の重要課題であるとともに日本の国益にもつながる経済外交戦略であると言えよう。
以上
文責:事務局