政策本会議

第98回政策本会議
「ビジネスと人権 ― ASEANといかに対話をしていくのか」メモ

2024年5月27日
東アジア共同体評議会(CEAC)事務局


報告のようす

第98回政策本会議は、山田美和 アジア経済研究所新領域研究センター上席主任調査研究員を報告者に迎え、「ビジネスと人権 ― ASEANといかに対話をしていくのか」と題して、下記1.~5.の要領で開催された。


  1. 日 時:2024年5月27日(月)14時より15時30分まで
  2. 開催方法:オンライン形式(ZOOMウェビナー)
  3. テーマ:「ビジネスと人権 ― ASEANといかに対話をしていくのか」
  4. 報告者:山田 美和 アジア経済研究所新領域研究センター上席主任調査研究員
  5. 出席者:34名
  6. 審議概要
     山田美和・アジア経済研究所新領域研究センター上席主任調査研究員から、次のとおり基調報告があった。

(1)「ビジネスと人権に関する国連指導原則」

「ビジネスと人権に関する国連指導原則」(国連指導原則)は、経済活動が人権に与える負の影響をどのようにコントロールするのかの指針を示している。2023年4月G7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合コミュニケに見るように、気候変動、エネルギー、環境問題への取り組みは、国連指導原則を中心とする、責任ある企業活動に関する国際的に認められたスタンダードに合致することが求められている。

世界情勢をみれば、権威主義国が台頭し、市民社会が著しく縮小している。一方、ビジネスと人権にかんして各国政府、企業、市民社会組織、投資家、消費者の取り組みは活発化し、サプライチェーンにおける強制労働問題への対応など、国連指導原則の重要性が増している。2023年10月G7貿易大臣声明では、企業活動及びグローバル・サプライチェーンにおける人権及び国際労働基準の尊重を促進することを再確認している。欧州を中心に、人権デューディリジェンス(人権DD)の義務化が進んでいる。企業に対する人権の尊重責任への期待が急速に増している。

国境を超えて活動する企業による人権侵害をどのように規制するかについて、国連において約30年間にわたり、規制をしたくない投資国・企業、規制をすべきという投資受入国・人権NGOの対立の議論があった。この対立を克服する形で、2011年に「ビジネスと人権に関する国連指導原則」が国連人権理事会での全会一致の支持を得ることで成立した。国連指導原則は法的拘束力を持たないが、国家、ビジネス、市民社会に、規範的基準および権威ある政策ガイダンスという、共通のグローバルプラットフォームを提供している。この原則に基づいて国の政策や企業の取り組みが展開され、人々が国や企業に対して人権尊重を要求する根拠となっている。

国連指導原則は、3本の柱から成り立つ。第一の柱は、人権を保護する国家の義務、第2の柱は、人権を尊重する企業の責任、第3の柱は、救済へのアクセスである。第1の柱の国家の義務として、人権侵害から保護すること、企業に対して人権を尊重することへの期待を明確に示すこと、企業の人権尊重を促進する政策を実施すること、そして国家機関と取引する企業に人権DDを求めること等が規定されている。また、紛争の影響を受ける地域では、企業による人権侵害の可能性が高まるため、企業に対して人権侵害を防ぐための措置を講じる必要がある。第2の柱では、企業の責任として、人権尊重の基本方針の策定、人権への影響を特定・予防・軽減・説明するための人権DDの実施、人権への負の影響を是正するためのプロセスを設置が求められている。企業が直接人権侵害の原因でなくても、サプライチェーン上、間接的に人権侵害に関わっている場合もその責任を負うとされている。

要するに、国連指導原則は、人々の権利を保護する国家の義務を再確認するとともに、人々の権利を尊重する責任が企業にあると規定し、人権侵害に対する救済手段の設置を国及び企業に対して求めている。企業には、所在する国の法律の厳格さに関わらず、世界人権宣言、自由権規約、社会権規約ならびに労働における基本原則および権利に関するILO宣言に規定される諸権利を尊重することが期待されている。

(2)政府行動計画(National Action Plan)

指導原則を推進するために設置された国連ビジネスと人権作業部会は、各国政府がどのように指導原則を実行していくかを示す政策文書である政府行動計画(National Action Plan)を策定することを勧告している。国家が行動計画を策定するにあたって、次の5つの原則が示されている。

  1. 国家の義務と企業の責任の相互補完と関連性
  2. 各国の状況に対応したスマート・ミックス(賢い組合せ)施策
  3. 政策の垂直的・横断的一貫性
  4. 水準をあげ、国際的なレベルプレイングフィールドを
  5. ジェンダー、特に侵害を受けやすい集団の課題への取り組み

スマート・ミックスは鍵である。企業が人権尊重の責任を果たすための実践的かつ達成可能なアプローチである人権DDは、法律の執行、企業に対する実効的な指導の提供、情報開示の奨励など、様々な方法で推進できるため、各国の状況に応じて施策を策定することが重要である。

(3)世界中のビジネスと人権への取り組み

2015年のG7エルマウ・サミット首脳宣言において、初めてG7による「責任あるサプライチェーン」についての言及がなされた。2013年にイギリスが政府行動計画策定の最初の国となり、その後、多くのヨーロッパ諸国が策定している。EUにおいては、2022年にEUコーポレート・サステイナビリティ・デューディリジェンス指令案が出されており(2024年7月発効)、人権DDの義務化の流れがある。アジアにおいては、タイが2019年にアジアにおいて初めて政府行動計画を策定し、続いて日本が2020年に策定している。2023年のG7貿易大臣声明においては、G7を超えた他地域、アジアへのビジネスと人権に関するアウトリーチを強化するとのコミットメントを表明している。

(4)ASEANにおけるビジネスと人権への取り組み

今までは、欧州など投資する側の国が国連指導原則の実行を推進する取り組みで先行していたが、アジアにおいて近年、多くの国が国家行動計画の策定を進めている。タイ、パキスタン、モンゴル、ベトナム、インドネシア、ネパールは、行動計画の策定によって、責任ある企業行動の推進、責任ある投資の誘致、国際的信用を獲得するための発信などを進めている。

労働者の権利が抑制されているワースト10カ国のうち、バングラデシュ、フィリピン、ミャンマーというアジアの国が3つ占める。よって、アジアにおいて人権DDの実施を通じた人権尊重の推進が求められる。人々の権利、労働者の権利を保護する施策が存在しない国においては、企業は人権DDを行い人権尊重の責任を果たすことが困難である。例えば、人権DDの実施には労働組合との対話が不可欠であるが、事業活動する国において結社の自由や団体交渉権など労働者の権利が確保される法律や執行が整っていなければ、労働組合と関わることは難しい。そのため、企業が人権DDを通じて人権尊重の責任をはたし持続可能な企業活動を行うためには、国のガバナンスと企業の人権尊重、人権DDを推進する政策が前提となる。

ASEANにはASEAN政府間人権委員会 (AICHR)がASEANにおける人権保護と啓発を推進している。2012年には、ASEAN人権宣言が世界人権宣言、国連憲章、ウィーン宣言に基づいて作成され、発表されている。AICHRは5年毎に、五カ年作業計画を発表し、直近の計画ではビジネスと人権の取り組みが組み込まれている。また、AICHRによってASEAN 人権対話が2013年から継続されている。このように、ASEANの中で、人権尊重を促進するための建設的な対話が行われている。

(5)アジアにおける責任あるサプライチェーンのリーダーとしての日本企業の役割

日本企業の約8割はサプライチェーンにおける人権問題を重要な経営課題として認識しているものの、人権DDの取り組みを行っているのは約3割のみである。人権保障が不十分なアジアにおいて日本の果たすべき役割は大きく、日本に対する期待も大きい。ASEAN地域において現地企業と共に人権尊重の取り組みを強化していくことは、強靭で包摂的な国際競争力のあるサプライチェーンに繋がる。日本政府は日本企業が人権を尊重する責任を果たすための環境整備・制度構築を行う必要がある。権威主義国が台頭する中、人権DDを支援する政策の推進は、民主的な社会、法の支配、人権の価値をどこまで維持できるか、経済活動に関するルール形成の戦いだと考えられる。

日ASEAN各国双方にとって「ビジネスと人権」への取り組みは共通の課題であることを認識し、今後の日本政府の取り組みとしては、以下の3つを進めるべきであろう。一つ目は、NAP策定のモメンタムを活かし、ASEAN各国の国内法と国際スタンダードのギャップをうめる支援である。法整備支援や移民労働に関する共通プラットフォーム・イニシアティブをとることである。二つ目は、ASEAN政府間人権委員会(AICHR)への支援と交流のために日本におけるカウンターパートを創設することである。企業では対応できないシステミック・リスクへの対応として、相手国関係機関へ働きかけることである。そして三つ目は、ASEAN・アジア各国との貿易・投資におけるサスティナビリティ(人権・労働)の推進である。サプライチェーン強靭化、脱炭素、グリーン戦略、気候変動対策の連携・協働に人権の観点を統合することである。欧米や中国との差異化する日本のアプローチとして、企業の人権DDの連携、ステークホルダーエンゲージメント促進のための「日ASEANビジネスと人権対話」の構築を提言する。

以上
文責:事務局