政策本会議
第91回政策本会議
「揺れ動く国際秩序におけるシンガポール外交」メモ
2022年8月22日
東アジア共同体評議会(CEAC)事務局
第91回政策本会議は、古賀慶・南洋理工大学社会科学部/ S. ラジャラトナム国際関係学部助教授を報告者に迎え、「揺れ動く国際秩序におけるシンガポール外交」と題して、下記1.~5.の要領で開催された。
- 1.日 時:2022年8月22日(月)10時より11時30分まで
- 2.開催方法:オンライン形式(Zoomウェビナー)
- 3.テーマ:「揺れ動く国際秩序におけるシンガポール外交」
- 4.報告者:古賀 慶 南洋理工大学社会科学部/ S. ラジャラトナム国際関係学部助教授
- 5.出席者:31名
- 6.審議概要
古賀慶・南洋理工大学社会科学部/ S. ラジャラトナム国際関係学部助教授から、次のとおり基調報告があった。
(1)シンガポールの外交原則
シンガポールは、人口545万人、国土725㎢の小国で、自然資源が圧倒的に少なく、他国に対する貿易依存度が極めて高く、地政学的に重要なマラッカ・シンガポール海峡に位置している。国内政治は安定しており、与党の人民行動党(PAP)が総議席の約90%以上を常に確保し、建国から今日までの間に3名の首相しかいないというように、首相の在任期間が極めて長い。そして、外務省を中心に政府が深く関与して政権を支えており、国内の政治的要因による外交政策の大きな変化はほぼ皆無と考えてよい。
では、そうした国内状況のもとで、どのような外交が展開されているのか。シンガポールの外交の原則は、「プラグマティズム」と「脆弱性」の2つから成っている。これらは、1965年にマレーシアから分離されて望んでいなかった独立をし、さらにその後15年のうちに英米が地域から撤退するという歴史的経験によって打ち立てられたものである。「プラグマティズム」は、1965年のラジャラトナム外相の演説のなかで述べられた「国家間関係においては永遠の友人も敵もいない」との認識のもと、自国の経済的な魅力を高めて、国際社会の関心を引き続け、常に生存に必要な実利をとる、という方針である。「脆弱性」は、2011年のリー・クアンユーの演説のなかで述べられた「シンガポールは湿地帯に立つ80階のビル」というように、例えば大国から長期的にシンガポールを防衛することは不可能であるように、自国は脆弱であり安定と繁栄は常に他国に依存している、という認識をもつということである。これらの原則は、国際関係論でいうところの現実主義に根差したものであろう。そしてこの原則のもとシンガポールの外交は、「国際法・規範の重視」と「等距離外交」の追求によって展開されている。
(2)シンガポール外交の実践
なぜ国際法・規範を重視するのかというと、大国による「力による政治」に対抗するためである。現在の国際的な正当性は数の「論理」で成り立つところがある。ASEANや国連において、国際法や規範を主張して多くの国から賛同を得ることで自国の国際的な正当性を得て、相手に外交的な圧力をかけることができるためである。ただし、国際法・規範における解釈やアプローチは曖昧であり、共通認識が必ずしも得られるとは限らず、また、大国間競争が激化あるいは大国が法や規範を無視した場合は、その対抗手段がないという欠点がある。例えば、2016年に南シナ海仲裁裁定について、シンガポールは裁定に関して曖昧な発言を行っていたが、中国はシンガポールの態度に懸念を表明し、台湾で演習を終えたシンガポールの装甲兵員輸送車Terrexを香港で差し押さえるなどした。こうしてシンガポールは、中国の圧力を身をもって感じることとなり、国際法は重視するが、それをどこまで主張していくかは自国の国益に基づいて判断しなければならないと認識させられることとなった。
等距離外交は、小国として、政治的自立・主権国家としての独立を守るために、すべての大国と友好関係を築くために展開されている。ただしこれは、すべての大国と常に等距離を保つということではなく、状況によって、一方の大国と近くなり、もう一方の大国と遠くなったりするものである。「大国政治に巻き込まれず、大国から見捨てられず」という指針のもと、「非同盟主義」の立場をとっている。そのためよく言われるような、純粋な「中立」という立場はとっていない。ただ、この等距離外交も、あくまでも相手がそれを納得しなければ成り立たないという欠点をもっている。これまでシンガポールは、米中それぞれと協定の締結や軍事演習など通じて両国と安全保障協力を進め、米国からも中国からも脅威と見なされないように振舞っている。
(3)今後の展望
以上のような外交原則のもと、シンガポールは外交を展開してきたわけであるが、米中競争が激化している現況を考えれば、これまでのように、国際法の重要性を訴え、等距離外交を維持することは、幾分難しくなってくるのではないか。前述のとおり、大国は自国の利益に反すれば、国際法を遵守しなかったり解釈を曲げたりする。結果としてシンガポールが国際法を重視するといっても解釈によって必然的に連携する国家が定まってくることになり、等距離外交を展開することは難しくなってくるだろう。また、ASEANはミャンマーや南シナ海の問題などに効果的に対応することができず、このような伝統的な国際問題において大国の関与・援助なしではなかなか機能しずらくなってきている。そのため、シンガポールはASEANの重要性は認識しつつも、別の選択肢を得るために外部の大国やミドルパワーとの外交関係をより強化していくようになるのではないか。今後のシンガポールの外交姿勢には、こういった緩やかな転換が見えてくることもあるだろう。
また国内においては、SNSなどを通じて誤情報・偽情報が蔓延させ国内を分裂させようとする動きもみられる。このような問題に対して法整備をとおして対処しようとしているが、以前のように盤石とみられてきた国内政治基盤もこれまでと同じように継続するとは考えにくくなっていることが、シンガポール政府が現在直面する新たな問題でもあろう。
以上
文責:事務局