政策本会議

第76回政策本会議
「東アジア地域協力における韓国の動向」メモ

2017年7月13日
東アジア共同体評議会事務局


西野純也慶應義塾大学教授

 

第76回政策本会議は、当評議会有識者議員の西野純也慶應義塾大学教授を報告者に迎え、「東アジア地域協力における韓国の動向」と題して、下記の要領で開催された。その概要は次のとおりであった。


  1. 1.日 時:2017年7月13日(木)午後2時より午後4時まで
  2. 2.場 所:日本国際フォーラム会議室
  3. 3.テーマ:「東アジア地域協力における韓国の動向」
  4. 4.報告者:西野 純也 慶應義塾大学教授
  5. 5.出席者:16名
  6. 6.審議概要

(1)冒頭、西野純也教授から、次のとおり基調報告があった。

(イ)東アジア地域協力における韓国の取り組み
 韓国において地域協力の取り組みが本格的に始まったのは、1998年に発足した金大中政権からである。金大中政権は、政権発足直前に起こったアジア通貨危機に対処するために、東アジアの地域協力を進展させて韓国の経済復興を行い、かつ同地域協力における韓国の役割を強化しようとした。その具体的な政策としては、「東アジア・ビジョン・グループ(EAVG)」と「東アジア・スタディ・グループ(EASG)」設立のイニシアチヴを取ったことなどが挙げられる。続いて2003年に発足した盧武鉉政権は、直前に北朝鮮による第二次核危機が起こったため、アジアの中でも特に朝鮮半島を中心とする北東アジアを範囲とした地域協力に力を注ぎ、その一環として「北東アジアバランサー論」を打ち出して政策を実施した。2008年に発足した李明博政権は、アジアに焦点を当てた前2つの政権に対する反動が韓国国内で強かったことから、グローバル社会における韓国の地位向上を目指す姿勢を強め、「グローバル・コリア」をスローガンに掲げた政策を実施した。そして2013年に発足した朴槿恵政権は、再び北東アジアに焦点をあて、地域のソフトイシューの課題に対する協力を強化しながら、徐々に共同体構築に向かうというNAPCI(The Northeast Asia Peace and Cooperation Initiative)という地域協力構想を打ち出した。
 以上のような変遷をたどってきた韓国による地域協力であるが、このほど発足した文在寅政権ではどのような政策がとられることになるのか。文在寅大統領は選挙公約として、「東北アジア責任共同体」の構築を掲げている。これは、日中韓協力の強化、6者会合の再開など、経済的な協力も含めた多国間による地域協力を展開し、将来的に共同体を構築していくという構想である。選挙公約の内容から判断すると、「東北アジア責任共同体」の範囲としては、インドも含めたアジア太平洋による共同体を検討するのかもしれない。ただしこれらの構想は、現時点ではあまりにも漠然としたものであり、まだまだ具体的な内容がみえていないものである。

(ロ)文在寅政権の国政運営
 では、そのような文在寅政権の国政運営はどのようなものになるのであろうか。韓国の政権交代には、新大統領当選以降通常60日程度の引き継ぎ期間が設けられているが、今回誕生した文在寅政権は、朴槿恵前大統領の罷免による国政選挙であったために当選後すぐに政権を立ち上げねばならず、その結果閣僚人事が難航するなど、様々なところで準備不足を露呈させた。ただ世論調査によると、文在寅大統領は、朴槿恵前大統領と異なり開かれた政権運営と国民の声に耳を傾ける姿勢を強めていることから、こうした状況でも高い支持率を得ている。ただし、今後もこうした国民からの支持を継続的に得る政権運営を行っていくには、多くの困難を抱えている。というのも、文在寅政権には安定した政権基盤が整っていないからである。先の大統領選挙で文在寅大統領は全体の40%を超える得票を得たが、前与党の「セヌリ党」から分裂した「自由韓国党」と「正しい政党」の候補者もそれぞれ2位と4位につけ、合わせて全体の30%の得票を得ている。国会においても、与党となった文在寅大統領の「共に民主党」は、300議席中120議席しか確保しておらず、法案を同党のみで通すことができない。そのため、文在寅大統領は「協治」を掲げて他党に協力を促してはいるが、例えば野党となった「自由韓国党」も大統領選で多くの得票を得ていることから、これまでのスタンスを変えるインセンティブがなく、少なくとも来年6月の地方統一選挙まではこのままの状況が続くとみられる。文在寅大統領には、朴槿恵前大統領の罷免の過程で繰り広げられた保守派と革新派による激しい対立による国民の分断状況を改善することも期待されているが、こうした状況では両派のバランスを取ることが困難であろう。

(ハ)文在寅政権の外交・安全保障政策
 以上のような国政運営状況のもと、文在寅政権の外交・安全保障政策はどのようなものになるのであろうか。文在寅政権の最大の目標は南北関係の改善である。それを実現するための必須なものとして、文在寅政権は韓米同盟によって安全保障と北朝鮮に対する抑止力を確保すること、つまり韓米関係を強固にすることを重視している。米国との間にはTHAADの問題を抱えていたが、さる6月の韓米首脳会談は、文在寅政権にとってうまくそれらの懸念を乗り切る会談となった。というのも、経済の分野では、米韓FTAの再交渉などを米国から突きつけられてしまったが、安全保障分野においては、対北朝鮮政策において米国が「韓国の主導的役割」を認めること、「戦時作戦統制権」を早期に韓国軍に移行させるよう認めること、というこれまで韓国側が希求していた2点について、共同声明に盛り込むことに成功したからである。また、THAADの問題も、事前協議によって首脳会談で議論することを避けることに成功した。
 続いて、中国との関係においては、同じくTHAADの配備を巡って関係が悪化していたが、7月の中韓首脳会談で、一定の関係改善を行うことができた。文在寅大統領は、北朝鮮の核問題に対して、まず北朝鮮に核を凍結させ、その後対話によって関係改善を行い、最終的に核の廃棄に向かわせるという「2段階アプローチ」を取ることを明言している。また、文在寅大統領は、北朝鮮との対話を重視し、現在の朝鮮戦争の休戦状態から、平和条約を締結するなどによって平和の体制を構築することを目指している。こうした対北朝鮮アプローチは、中国による対北朝鮮アプローチと相違がなく、よって今後、対北朝鮮政策での協調を通じて韓中関係も改善してくるものとみられる。
 他に、日本との関係においては、文在寅大統領は選挙期間中に言及していた慰安婦合意の再交渉については、これまでのところ何も発言していない。但し、合意は韓国国民の大多数が情緒的に受け入れられておらず、今のところ慰安婦問題が両国の関係を損ねることは望まないが、将来的には何かしらの対応が必要という姿勢を示している。今後は、慰安婦のユネスコ記憶遺産登録問題、徴用工の問題などにも何かしら対応が必要であり、韓国政府が日本に対してどのようなスタンスを取るべきか、苦慮することになるだろう。他方、来年は日韓共同宣言20周年を迎える記念すべき年であり、かつ先の首脳会談でシャトル外交を復活させることに合意していることから、今後の日韓関係の改善に希望が全くもてない状況にあるわけではない。

(2)その後、出席議員と西野教授の間で質疑応答を行ったが、注目すべき点のみ追記する。

(イ)慰安婦問題については出席者から韓国側の対応の疑問点等について質問が出されたのに対し、教授からは自分は政治学者としての視点からしか述べられないが、本問題をはじめとする歴史認識問題に関しては、日本側からいくら手を打っても状況打開は困難な状況となっている。韓国にとっては、韓国の独立は日本統治下に日本に協力した人々を否定することで成り立っている。そうした観点から、韓国国内では不満があるにも関わらず日本と国交正常化した朴正煕は、一部の韓国の人にとって嫌忌すべき存在であり、その親族である朴槿恵が結んだ慰安婦合意は、当然受け入れられないものとして認識されてしまっている。この構図を変えるチャンスがあるのは、韓国が北朝鮮と統一して、もう一度民族としての歴史を再確認する際にしかないだろう。つまり歴史問題について、日本にとっては、韓国が北朝鮮と統一する際に、いかに振る舞うかが非常に重要ということである。
(ロ)韓国、特に文在寅政権を支持する韓国の若者においては、北朝鮮の脅威への対応よりも失業率や移民の問題への関心のほうが強い。こうした傾向も今後文在寅政権の外交政策に影響するものとみられ、注意が必要であろう。

以上
文責:事務局