国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「百家争鳴」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2008-12-05 05:42

タイ政治危機が東アジア共同体構築に投げかける懸念

石垣泰司  東海大学法科大学院非常勤教授
   反政府勢力による長期間にわたる首相府と国際空港の不法占拠によりもたらされたタイの政治情勢の混乱は、タイ司法部の決定により不法占拠自体は解かれたものの、安定に向け終結したというにはまだほど遠いようだ。このため12月15日よりタイ北部チェンマイで開催予定であったASEAN首脳会議、ASEAN+3首脳会議、東アジア・サミットの3サミットは、延期が決定された。ASEAN関係首脳会議が、開催国の国内事情により開催が延期されるのは、今回が初めてではなく、2006年フィリピンがホストのときも、同年末セブで開催予定であったこれら首脳会議が、国内政情上の理由で翌年1月に延期されたことは記憶に新しい。

   タイの空港占拠事件とほぼ同時期にインド・ムンバイでも同時多発テロ事件が発生し、同じく世界を驚かせた。両事件は、前者は反政府政治勢力が引き起こした大規模抗議行動、後者はイスラム過激派による大規模テロという性格の相違はあるが、東アジア・サミットの構成国で発生した国家の治安を揺るがす大事件であったという点では、共通性がある。しかし、両事件の処理のされ方は対蹠的であった。

   タイの事件は、世界でも有数のハブ国際空港が何日にもわたって使用し得ない状態が続き、全便キャンセルのまま多数のタイ人・外国人が非常な苦痛を味わう異常事態となったにも拘わらず、無法状態が放置されるという他の主要国では考えられない状況におかれた。 これは、他国では統治の大原則となる「法と秩序」や「民主主義」のルールが、タイにおいては必ずしも絶対的基準ではなく、王室の意向が不明確な間は、法執行機関である政府、軍、警察等当局は「極力強権を使いたくない。何とか、血なまぐさい事態を見ることなく、穏便に収拾できないか」と皆が考え、不作為の事態が続いた、といったタイ特有の伝統的政治状況にも起因していたと思われる。

   タイで開催される今度のASEAN首脳会議では、現下の金融危機へのASEAN諸国の共同対処のための戦略・行動計画についての合意をはじめ、2015年完成を目途とするASEAN共同体の法的基礎となるASEAN憲章の発効を祝し、更なる協力の進展のための行動が検討されることとなっていたが、すべてが延期を余儀なくされた。

   要するに、タイにおける国家統治のルールは、今回全世界に露呈されたように、法と秩序、民主主義(とくに議会民主制)等といった「普遍的価値」に基づくものではなく、中庸、無血による和解等の「アジア的価値」の中でも、更に特有な「タイ的価値」に従うものと理解するほかないようである。これは、とりもなおさず、これから構築されようとしているASEAN共同体、さらにはASEAN+3ないし6が構成する東アジア共同体の政治基盤は、今後とも「普遍的価値」にもまして国家毎に特有な価値基準にも大きく影響されざるをえない、という宿命的脆弱性を示すものといえよう。
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『百家争鳴』から他のe-論壇『百花斉放』または『議論百出』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
東アジア共同体評議会