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2007-10-09 16:00

欧州の通貨統合を支えた官僚の血と汗と涙

村瀬哲司  京都大学教授
 先月(9月)ハンス・ティートマイヤー著の『ユーロへの挑戦』(監訳(財)国際通貨研究所、村瀬哲司、396ページ)が京都大学学術出版会から刊行された。書店で眼にされた方も多いのではなかろうか。この本は、ティートマイヤー博士が1960年代からユーロ誕生までの40年間、ドイツの連邦経済省入省から始まり大蔵次官、連邦銀行総裁として、欧州通貨統合に直接携わった体験をつづった回顧録である。著者の性格を反映する客観的な抑えた筆致であるが、それ故になおさら通貨交渉の当事者としての熱情、時には悔しさが読む者にひしひしと伝わってくる。

 著者は次のように述べる。「豊かな将来を目的として方向づけをするためには、次の二つが不可欠である。一つは大きな関係を認識して歴史的な決定に対する勇気を持つことである。もう一つは、初めは専門家でない人から見て比較的重要でないと思われるものであっても、実際には重要で詳細にまたがる規則を具体的に実施する能力を備えている人が存在していることである。・・・欧州統合において、グランドデザインや長期的な方向性がどんなに重要であっても、基本原則と、機能する詳細規則なくしては前進しない」。

 仏独英などの政治家が活躍する表舞台の裏で、彼らを支える有能な各国官僚がどのように動いたのか。それぞれの通貨当局はときに激しく衝突しても、奉職する官僚たちは、心のそこで信頼の絆で結ばれており、信頼の土壌に立って互いに協力し、最終的には通貨同盟という歴史的なアーキテクチャーの実現を可能にした。そこには想像を超えるような共同体レベル、各国レベルの事務的な折衝と作業の積み重ねがあったことが読み取れる。

 EECの設立当初からEMU設立の前夜まで(1958-98年)、欧州の通貨外交の舞台裏となったのが通貨評議会(Monetary Committee)(現在の経済金融評議会)である。通貨評議会は欧州委員会と閣僚理事会の諮問機関の位置づけであったが、実際には「通貨評議会が政策の糸を引く」と言われたとおり、隠然たる影響力を行使した。EC加盟国の財務次官と中央銀行副総裁レベルで構成され、EMSの運営やEMUの詳細設計は全てこの場で行われた。評議会議長には、ティートマイヤー、トリシェ(欧州中央銀行総裁)、ケーラー(元IMF専務理事、現在のドイツ大統領)など大物が名を連ねている。

 この本は通貨評議会を主な舞台にして、ドイツ、フランス、英国の関係を横糸とし、各国首脳・財務大臣と官僚や中央銀行幹部の関係を縦糸として、それらがどのようにぶつかり合い、妥協し、また協力しあって単一通貨が誕生するに至ったかを、著者みずからの体験をつうじて語るものである。決してきれいごとの連続ではなく、文字通り血の滲む努力の積み重ねがユーロ実現の裏に隠されている。東アジアの将来を考えるうえで、これほどの教訓を与える書物は他にないだろう。
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