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2007-09-04 14:24

連載投稿(2)ASEANに求められる共通の政治的意思とガバナンスの改善

首藤もと子  筑波大学教授
 こうした越境就労者の権利保障に関して、東アジアでもっとも制度化が進んでいるのは、香港であろう。香港では、シンガポールや台湾と異なり、外国人家事労働者にも雇用条例(Employment Ordinance)が適用され、雇用契約も香港政庁が指定している。また、マレーシア、シンガポール、台湾などと異なり、外国人労働者にも組織化の自由が保障されている。それゆえ、さまざまな外国人家事労働者の組織化が進んでおり、しかもそれらがさらなる組織連合を結成して、最近は香港在住ネパール人やスリランカ人のグループもそうした組織に加わった。短期滞在型のこうした越境労働者のネットワークは、いわば東アジア内の巨大な南北格差ゆえに発生し、発達したネットワークであり、地域的なセーフティ・ネットの不在を自ら補完する機能を備えつつある。

 一方、ASEAN諸国に、そうした香港ベースのネットワークに匹敵するものは、ほとんど見られない。国別では、フィリピンが1995年の法律により、海外で働く自国民の権利保障のために、政府が「よりよい管理」を行うこととされ、在外公館とNGOの協力も進んでいる。インドネシアでは2004年の法律により、国民の海外就労派遣と保護は政府の責務とされ、その海外派遣と保護に関する国家委員会が2006年に発足した。しかし、それはまだ実際の成果を出していない。地域レベルでみれば、人身取引に関する国際的監視と法執行強化のために、2002年から「バリ・プロセス」が始動しているが、越境労働移動全般に関する多国間枠組みはない。その基本的な理由は、ホスト側は自国の経済成長と雇用調整の安全弁としてこの問題を管理し、送出国は自国の失業率と海外送金のデータ作成の他に関心がないからである。そこには、地域的な制度設計に向けた共通の政治的意思がない。
 
 たしかに、ASEANは2003年の「第二ASEAN協和宣言」で2020年(のち2015年に前倒し)までに「ASEAN共同体」を結成することを宣言し、すでにASEAN憲章の創設も合意された。1990年代半ばからASEAN諸国の市民社会が要求してきたASEAN人権機構の設置についても、合意された。さらに、「移住労働者の権利保障と保護に関するASEAN宣言」実施のためのASEAN委員会を設置することも、2007年7月に合意された。それは「ASEAN各国の法律、規制および政策に即して、移住労働者の権利保障と保護に関するASEANの制度的発展を促進する」とされる。しかし、「各国の法律、規制および政策」を変革せずして、ASEAN全体としての「制度的発展」はありうるのだろうか。ASEANにおいて各種の制度化が進むにせよ、それらに実質的な効果が伴うには、共通の政治的意思の形成とガバナンスの改善が不可欠だと思われる。(おわり)
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