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2018-05-18 20:46

農民の視点から考える中国の憲法修正

加藤 隆則  汕頭大学長江新聞與伝播学院教授
 中国で今、最も不幸な集団があるとすれば、それは農民である。中国共産党は農民を組織して天下を取ったにもかかわらず、豊かになったとたん、かつての貧しい人々を見捨て、自らの利益を追い求めることに汲汲としている。この現状に心底から憤慨する人たちがいるとすれば、革命世代の二代目、紅二代だ。親たちが築いた貴重な土台が危機にさらされている。その紅二代の危機感を背景に政権を引き継いだのが習近平である。中国では、土地を失い、食糧を奪われ、何一つ失うもののない「無一物」の農民たちが決起し、王朝を転覆させてきた歴史がある。毛沢東は、工業先進国で生まれた社会主義思想を農村に適用した。そして、腹を空かした農民を組織し、都市部のブルジョア資本を代弁する蒋介石政権を打破できたのは、独自の歴史に学んだ結果である。だからこそ、農民の不満には敏感だった。

 忘れてならないのは、約100年前に中国共産党を結成し、最後には天下を取った指導者たちや同志たちもまた、土地に縛り付けられた農民だったということだ。党が腐敗し、本来、最も多く成長の果実を分け与えられるべき農民たちが、逆に社会の底辺に追いやられ、汚染された土地と水の中で、成長の犠牲になっている。最低限の衣食が足りたとしても、出稼ぎ農民たちは、慣れない都市での生活で人間の尊厳を踏みにじられ、人並みの待遇を受けられない社会的貧困にさらされている。そして農村に取り残され、孤立した老人や婦女、子どもたちは、貧しさと不正義への不満をつのらせ、党幹部の腐敗に腹を据えかねている。毛沢東が、皆を国の主人公にすると約束したのはうそだったのか。「最初の話と違うじゃないか!」農村からの悲痛な叫びに耳を澄まし、納得のいく答えを出さなければ、中国共産党はその歴史的正統性を失って崩壊する。

 農民の怒りはもはや爆発寸前で、すでに小さな火種はあちこちに表出している。習近平自身が「このままでは党も国も滅ぶ」と強い危機感を公言せざるを得ない状況なのだ。今春の憲法修正も、あらゆる目的は党の存続につながっており、そのための選択として習近平政権の長期化が位置付けられている。単なる権力のゲームでは割り切れない深刻さがある。ある学生がこんなことを言っていた。「習近平が任期を超過するのはかまわないし、ふさわしい人がいなければそうするのが当然だと思う。ただ心配なのは、強力な指導者の後で、適格者が適切に政権を受け継がなければ、国内は混乱するのではないか」毛沢東後のことを想起すれば、至極まともな視点だ。当時は、鄧小平が華国鋒を追いやり、軍系統のほか、胡耀邦ら開明的な勢力を味方につけ、改革開放に舵を取った。毛沢東の権威を温存しつつ、それを巧みに利用しながら、党分裂の危機をなんとか乗り越えた。習近平は党の危機に際し、紅二代の強力なバックアップを土台に、反腐敗キャンペーンで権力基盤を固め、さらに憲法修正を通じ法治による正統性を求めている。

 習近平はまた、中華民族の偉大な復興、いわゆる「中国の夢」のスローガンによって人民を団結させ、民衆動員を通じ党の正統性を強化しようともくろむ。その壮大な目標の前で、憲法は、動員される舞台装置の一つとなる。習近平は「中国の夢」として、「二つの100年」目標を掲げている。共産党創設100年(2021年)にゆとりある社会(小康社会)を全面的に築き、建国100年(2049年)には富強で、民主的で、文明を備え、調和のとれた社社会主義近代化国家を建設する。つまり、半植民地化からの独立を願った孫文以来、歴代の指導者が夢見てきた念願の先進国入りを国家目標としている。後者の目標を達成すべき2049年、習近平は96歳である。親たちの遺志を受け継ぎ、民族復興の事業を完遂させた元老として天安門の楼城に立ち、党の事業を継承した功績に身を震わせる姿を想像しているに違いない。今春の修正で、憲法前文(序言)には「中華民族の偉大な復興を実現させる」「習近平新時代の中国の特色を持つ社会主義思想の指導」が書き加えられた。実際に実現されたときには、さらなる書き換えが必要となる文言である。習近平は次の憲法修正を見届けたいと思っているのだ。この国ではそのぐらいのスパンで物事をみないと、確かなことは何も見えてこない。
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