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2018-03-16 00:56

(連載2)金正恩の「四つの譲歩」を考える

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 金正恩は当初、対米ICBMを完成させることを通じ対米核攻撃能力を獲得し、その勢いでトランプとの米朝核交渉に入り、その席上、法外とも思われる一連の要求を突きつけたいと目論んだ節があった。その要求とは核保有の容認、経済制裁の解除、米朝平和協定の締結、在韓米軍の撤収、米朝国交正常化など、とてもトランプにとって受け入れられない内容であると推察された。2017年9月3日には爆発威力が160キロ・トンに及んだと目される水爆実験を強行し、11月29日深夜には潜在的な射程距離が13000キロ・メートルに及びかねない「火星15」型ICBM発射実験を強行した。その上で、金正恩は「国家核戦力」が完成したと言明し対米核攻撃能力をついに獲得したことをトランプに印象付けさせようとした。「国家核戦力」の完成を背景として米朝核交渉に乗り出したいと金正恩は目論んだようであったが、トランプは全く動じなかった。そればかりか、今後核実験やICBM実験を強行することがあれば、核・ミサイル関連施設に対する軍事的選択肢の発動たる空爆の断行を躊躇しないことを幾度となくトランプは示唆した。こうして金正恩が思い描いた当初の目論見が崩れ始めたのである。

 加えて、対米ICBMの完成に向けた技術的な進歩は金正恩が当初思い描いたように万事順調な訳ではない。ICBM発射実験や第6回核実験を通じ対米ICBMの完成に向けた技術面での向上は確かにみられる一方、対米ICBMの完成には技術的な課題が幾つも残っており、そうした技術的な課題はトランプに見透かされている。「火星15」型ICBM発射実験で示された通り、弾道ミサイルの「長射程化」技術は躍進している一方、核弾頭を弾道ミサイル上部に搭載できる程に小型化する「弾頭小型化」技術、さらに核弾頭が大気圏に再突入する際に発生する猛烈な高温と振動から弾頭を保護すると共に起爆させる「再突入技術」はまだまだ確立されていないとみられる。対米核攻撃能力を獲得したと金正恩が言明しても当のトランプから相手にされないばかりか、トランプが空爆に向けて周到に準備を重ねることがあれば、金正恩としては元も子もなくなりかねない。

 今後、第7回核実験やICBM発射実験を強行することがあれば、北朝鮮の核・ミサイル関連施設への軍事的選択肢の発動たる空爆が断行されることも推察される。しかも北朝鮮の核・ミサイル開発で中心的な役割を果たしてきた寧辺の核関連施設や豊渓里の核実験場施設が米軍による空爆で一挙に叩き潰されかねない可能性がある。そうなれば、対米核攻撃能力の獲得に向けたこれまでの努力がすべて水泡に帰すことになるかもしれない。これは金正恩にとって何としても回避したいところであろう。この間、トランプは一貫して金正恩が非核化を受け入れて初めて対話に応じるとした基本姿勢を崩していない。その意味でトランプの基本姿勢にぶれはない。そうした中で、金正恩は戦術転換を行うことが得策であると判断したのではないであろうか。非核化に応じる用意があるとトランプにシグナルを送ることで、トランプの言うところの対話である米朝首脳会談に辿り着きたいのが金正恩の本音であろう。その米朝首脳会談とは上述の通り、金正恩が当初思い描いていた北朝鮮の核保有の容認に始まり一連の要求をトランプに突きつけることを狙った交渉ではない。その反対に表向き上はトランプがしばしば発言したところの北朝鮮の非核化に向けた交渉である。

 すなわち、金正恩がトランプの持説に歩み寄った格好での米朝首脳会談である。これまで強硬一辺倒であった金正恩が急遽、柔軟になったように映るし、ここにきて突如、金正恩が弱気になったように見える。本当のところはどうなのか。金正恩が表向きとは言え非核化の意思表示を行ったことに作戦が功を奏したとトランプは自賛しているであろう。また金正恩の申し出をむげに却下した結果、退路を断たれた金正恩指導部が今後、対米ICBMの開発に猛進し大規模な軍事挑発を繰り返し、遠からず対米ICBMの完成に近づくという事態はトランプとしても回避したいところであろう。こうしたことを踏まえ、非核化に応じる用意があるとした金正恩の言葉を尊重する格好で米朝首脳会談を開催し、その場で直に金正恩の真意を確認したいのではないであろうか。すなわち、5月までの米朝首脳会談の開催を決断したトランプの判断の背後には金正恩指導部による対米ICBM開発が間断なく進捗しており、その進捗を確実に止めるためには金正恩との首脳会談が重要であり、その会談で金正恩から直接、非核化の意思表示に始まる「四つの譲歩」の真意を探りたいとトランプが判断したと考えられるのである。(おわり)
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