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2017-01-09 11:31

ASEAN経済新時代と日本

池尾 愛子  早稲田大学教授
 東南アジア諸国連合(ASEAN)についての読みやすい書物『ASEAN経済新時代と日本』(文眞堂、2016年)が約1年前に出版されているので、紹介させていただきたい。編者はベトナム出身のトラン・ヴァン・トゥ氏、他の14人の執筆者も東南アジア各国と中国の専門家たちである。第1部 「ASEAN各国の現段階の課題と展望」において、「多様性」で特徴づけられるASEAN加盟国(ブルネイ以外)の経済について、加盟各国の視点から描き出したことは、本書の最大の特徴と貢献であろう。そして、第2部「地域としてのASEANと日本・中国」においては、日本と中国の対ASEAN投資など域外諸国との諸関係、ASEAN地域全体を、域外からの視点で批判的評価を含めて描き出している。

 本書は図表をたくさん使っていて読みやすい。スウェーデンのNPOトランスペアレンシー・インターナショナル作成の各国政府の腐敗認識指数(汚職・透明性の程度を表す指数、Corruption Perception Index、CPI)の一部が紹介されている。2014年調査では、デンマーク(スコア92)が世界トップで、シンガポール(84)、マレーシア(52)がASEAN上位、フィリピン、タイ、インドネシア、ベトナムが30台、ラオス、カンボジア、ミャンマーが20台である。要するに透明度の低い国々があり、本書ではASEANに滞在・居住した経験があればわかってくる事情も明記されている。ちなみに、日本と中国のスコアはそれぞれ76と36である。入門書からもう一歩進みたい人や、授業でASEANに触れる機会がある人にも薦められる。

 ところでASEAN経済の研究論考を読んでいると、「国際分業」という表現をしばしば目にする。本書のベトナム経済の章でも「東アジアのダイナミックな分業」という表現が登場する。注があり、「ここでいうダイナミックな分業とは資本・技術・経営ノウハウの各国間の活発な移動により、地域各国の産業構造や貿易構造・比較優位構造が高度化していくことである。工業化の先進国・先発国から後発国への雁行型波及過程でもある」と記されている。民間の海外直接投資(FDI)の増加に期待が寄せられているので、FDIによる「国際分業」がASEAN先発諸国の成長をもたらし、今後はASEAN後発諸国も「国際分業」(サプライ・チェーンの形成等)に組み込まれ、飛ぶ雁の群れに加わりたいとの期待がみえる。

 ASEANでの成長政策が、輸入代替政策を基本にしつつも、タイとフィリピンで異なっていたことが関連諸章で述べられているので、各国の成長政策・対FDI政策の相違も見逃せない。その上で「国際分業」という用語は政策担当者の語り口に出てくるものではないかと指摘したい。民間側ではむしろ、「企業内の国際戦略」「海外生産(international production)」として語られるものであろう。日本語文献で「国際分業」を目にすることが多く、私が知る限りで、国際経済学者の小島清氏(雁行形態論にFDIを組入れ、FDIが技術移転につながりうることを強調した)、佐々波楊子氏が先駆的に使い始めたようである。東アジア経済研究で語られる「国際分業」は東アジア経済に限定される用語で、ASEANの政策(ASEAN全体で一つの生産拠点の構築をめざす)に引き寄せられた概念であると思う。それでも多様性で特徴づけられる国々の経済専門家たちを見事に束ねてASEAN側からの視点で叙述させた編者の手腕は高く評価できると思う。
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