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2012-05-16 14:12

(連載)日本に憲法は無い(1)

加藤 朗  桜美林大学教授
 憲法は国民が国家に守らせるべき約束である。決してその逆ではない。なぜなら一般に近代国家は社会契約に基づく国民と国家の契約によって成り立っており、憲法は国民に対する国家の契約、約束事だからである。したがって国民は国家がこの契約を守らない、守れないなど契約違反があった場合には、国民は国家との契約を見直す、すなわち憲法を改定する権利、時には武力をもってしても政府を交代させる権利、革命権を有する。だから各国とも憲法は時代に合わせて改訂している。

 翻ってわが日本では憲法改定はきわめて困難である。なぜならわが国憲法とりわけ憲法九条は国家と国民との契約ではなく、むしろ日本国家、国民のアイデンティティーとなっているからである。日本国憲法は憲法ではない。あえてそれを憲法というのなら、「和を以て貴しと為す」という日本人のアイデンティティーである聖徳太子の一七条の憲法と同じである。日本の平和憲法は「世界遺産」だと評価する護憲派も、「押しつけ憲法」だと批判する改憲派もともに日本国憲法が国家と国民の契約だと誤解している。日本には憲法、厳密には憲法九条は無い。あるのはアイデンティティーとしての憲法九条、「和を以て貴しと為す」との平和思想である。無いものを護ることも改めることもできない。

 日本国憲法が日本人のアイデンティティーとなっていることを如実に現しているのが、沢田研二が歌う「我が窮状」であろう。どこの国に憲法を擬人化して、その「窮状」を訴える国家、国民があろうか。沢田研二だけではない。作曲家の外山雄三も憲法九条の曲をつくっている。彼以外にも憲法に関する曲は多くつくられており、なかにはベートベンの「第九交響曲」のもじりで「第九条交響曲」もある。第九条だけではない。日本国憲法前文の歌まである。歌で驚いてはいけない。読経ならぬ憲法九条を念仏のごとく唱える「読九の会」、写経ならぬ写九の会まである。擬人化され、経典のごとくに扱われる憲法を憲法と呼んでいいのか。憲法は国家と国民の契約という近代国民国家の常識は、こと日本においては全く通用しない。近代国家の常識から言えば、日本は全くの無憲法状況なのである。この自覚こそが、護憲派にも改憲派にも求められる。

 無憲法状況だからこそ、護憲派が懸念するように、状況に応じて日本国は自衛隊も持てば、その自衛隊も海外に派遣されるのである。憲法九条は「和を以て貴しと為す」に連なる日本人のアイデンティティーである。であればこそ、護憲派にはその実践が求められる。その実践とは国内で歌ったり、踊ったり、唱えたり、改憲反対のデモをしたりすることではない。憲法前文や憲法九条の実践である。たとえば自衛隊に代わり「憲法九条部隊」を編成して海外で紛争を非暴力で解決する実践活動である。その実践を通して憲法九条の精神すなわち日本人のアイデンティティーを広く国外で理解してもらい、日本の平和を護るのである。国内外でいくら憲法九条を主張しても、非暴力による紛争解決、平和構築の実践をしなければ、偽善にしかすぎない。(つづく)
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