国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「百家争鳴」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2011-12-24 11:11

(連載)TPPへの参加は賢い選択とは言えない(1)

山下 英次  大阪市立大学名誉教授
 はじめに明らかにしておかなければならないのは、そもそもTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は地域統合の動きではないし、また、今後将来的にも、そうすべきでもない。そもそも、FTAやEPAは、地域統合の本筋ではないのである。わが国がTPPへ参加すべきではない点は多々あるが、まず第1に、アジアの地域統合の動きとの関連で、どのようにとらえるかである。アジア地域統合は、民間企業の活動によって、すでにこの地域にでき上がっているインフォーマルな事実上の経済統合の上に、政府間の合意を伴ったフォーマルな地域統合を積み上げていくプロセスである。プラザ合意(1985年9月)の超円高を背景に、日本企業が東南アジアに工場を移設するなど直接投資を積極的に行ったことが始まりで、東アジアにおけるインフォーマルな地域統合に結び付いた。その後、アジアNIESや欧米諸国による直接投資も活発化し、今日の世界に冠たる製造業の生産工程別分業の非常に緊密な国境をまたがるネットワークができ上がった。

 TPP交渉に莫大なエネルギーを費消すれば、本筋であるASEAN+3の13カ国をベースとしたアジア地域統合の力が削がれるし、そこでの日本のリーダーシップが大きく損なわれることになる。日本政府は、ASEAN+3では、中国の影響力が大きくなりすぎることを警戒しているようであるが、アジア地域統合に真剣に尽力しないで、TPPなどという余計なものに力を入れるとすれば、アジア地域統合におけるわが国の影響力はさらに大きく低下する。筆者には、日本政府は、アジアにおけるリーダーシップを自ら後退させるような行動をとっているとしか思えない。また、アジア地域統合の推進にコミットすることは、日本企業が中心となって始まったアジアの生産ネットワークから得られるメリットを最大限生かすことにもつながるはずである。

 アジア地域統合との関連では、当然のことながら、わが国に対するアジア諸国の信頼を高めていくという姿勢が重要である。しかし、現実には、日本政府は、これまでアジア地域統合について、残念ながらいわば「前科3犯」の状態であった。最初は、1990年、マレイシアのマハティール首相が提唱した「東アジア経済グループ」(EAEC)に対して、米国の反対に遭い、参加を表明しなかった。これは、アジア地域統合に関する最初の具体的提案であったが、当時は、わが国が参加しないアジアの経済的枠組みは意味がなかったので、EAEC構想は頓挫した。このとき、米政府内における対日圧力の中心人物は、ジェイムズ・ベイカー国務長官であった。

 2番目は、アジア通貨危機直後の1997年の「アジア通貨基金(AMF)構想」である。IMFの強権的な圧力に反発したタイがこの構想の起源だったようであるが、日本も榊原英資財務官を中心にかなり熱心に推進しようとしたが、またもや米政府の反対に遭い、この構想を断念した、このときの米政府内における対日圧力の中心人物は、ローレンス・サマーズ財務長官であった。このときは、日本は、中国に同意を求めたが、中国も賛成しなかったということもある。おそらく、当時の中国は、世界経済情勢に疎かったため、AMF構想の真の意味がまだ良く理解できていなかったのであろう。今の中国の立場であれば、必ず大賛成したはずである。(つづく)
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『百家争鳴』から他のe-論壇『百花斉放』または『議論百出』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
東アジア共同体評議会