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2008-02-25 00:00
「挙国一致」がパキスタン安定への道だ
大江志伸
読売新聞論説委員
政情不安が続くパキスタンの下院選挙は、昨年末に暗殺されたブット元首相のパキスタン人民党と、シャリフ元首相率いるイスラム教徒連盟シャリフ派の二大野党が大躍進した。ムシャラフ大統領を支えてきた与党のイスラム教徒連盟カイディアザム派は、第三党に転落する惨敗ぶりだった。今回の選挙は、非常事態宣言などの強権的手法で昨年10月の「再選」を既成事実化してきたムシャラフ大統領に対する事実上の信任投票として、内外の注目を集めた。2大政党の獲得議席は過半数をはるかに超えた。結果は、明確な「不信任」であった。ムシャラフ大統領は権力基盤を失ったに等しく、今後の展開によっては大統領退陣も現実のものとなる。下院選挙は本来1月8日に行われる予定だった。ブット元首相の暗殺を受けて40日延期しての投票であり、選挙の実施すら一時危ぶまれた。実際には、投票妨害や不正工作はほとんどなく、日本を含む国際監視団は「曲がりなりにも公正な選挙を実現できた」との判断を下した。
にもかかわらず、情勢安定への出口は見えず、一層の混乱を懸念する声が国際社会で高まっている。なぜなのか――。第一に、選挙結果を受けて本格始動した連立政府作りに、不透明な要素があまり多いためだ。連立協議は、第一党の座を手に人民党がカギを握る。その人民党総裁代行でブット元首相の夫のザルダリ氏と第二党を率いるシャリフ氏は、21日に選挙後初のトップ会談を行い、両党が連立政府を樹立することで基本合意した。さらに他野党にも参加を呼びかけ、改憲や大統領弾劾に最低必要な三分の二以上の議席獲得を目指す方針も示した。窮地に追い込まれた形のムシャラフ大統領だが、辞任拒否の発言を繰り返している。仮に野党による「大連立」ができても、ムシャラフ大統領が早期退陣を拒み続ければ、国政は「ねじれ構造」となり、混乱の激化、長期化は避けられない。ムシャラフ大統領が早期退陣を受け入れても、不安は残る。人民党はブット元首相の生前、同じく世俗主義を奉じるムシャラフ政権と「政権の共同運営」を協議した経緯がある。イスラム勢力を支持基盤の一角とするシャリフ派とは、激しい権力闘争を繰り返してきた。今回の基本合意が強固な連立体制に直結するのかどうか、極めて不透明だ。
懸念の第二の理由は、対テロ戦争の最重要パートナーであるムシャラフ政権の後見人である米国の調停力が、急降下していることだ。米国は、支持率低落に歯止めのかからないムシャラフ大統領と、国民の間でカリスマ的な人気を誇ったブット元首相による「政権の共同運営」の実現を画策した。パキスタン情勢の「安定化」と「民主化」を同時に進めるシナリオだったといえる。ブット元首相の暗殺でこのシナリオは潰えた。ムシャラフ氏の出身母体である軍は、今回の選挙では「中立」に努めた。だが、軍トップの陸軍参謀長を辞したムシャラフ氏の権力空洞化が加速し、米国の調停も期待できなければ、政治への再介入に踏み切る可能性もないとはいえない。
そうした悪循環を断ち切るためにも、今回の選挙結果を情勢安定につなげなければならない。連立政権作りを軸とする今後のパキスタン情勢のカギを握るのは、やはり民意である。野党大勝の背景には、大統領批判やブット元首相暗殺への同情に加え、過激派テロ続発による治安の悪化や物価高騰への不満がある。実際、野党第1党だったイスラム原理主義政党は今回、壊滅状態に追い込まれた。国民が一票に託したのは、暮らしの安全と経済の安定である。それは、イスラム圏唯一の核保有国、パキスタンへの国際的な期待と共通するものだ。国民の負託に応え、国際社会の懸念を払拭するには、パキスタン与野党による挙行一致の取り組みと軍の冷静な対応が不可欠となる。
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