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2008-02-07 00:00
タイ新政権の真の課題は国民融和だ
大江志伸
読売新聞論説委員
2006年9月の無血クーデターで軍主導の暫定体制が続いていたタイが民政に復帰した。だが、強権・腐敗体質の濃いタクシン政権の退陣要求デモに端を発した政情混乱の後遺症は重く、新政権の前途は多難である。タイは1990年代以降、様々な試練に直面しながらも、政治・経済の両面で東南アジアの優等生との評価を受けてきた。今回の民政復帰をタイの政治的安定回復への確かな一歩にしなければならない。新政権は、2007年末の総選挙で第1党となったタクシン元首相を支持する「国民の力党」に中小5政党が加わる連立政権として発足した。新首相には国民の力党のサマック党首が就任した。数の上では、定数480議席の3分の2近い316議席を占める安定勢力である。野党は反タクシンを掲げる民主党だけとなった。サマック首相は、「強力で安定した政権になる」と宣言している。だが、6党連立体制がタイ政情の長期安定につながる保証はない。
台風の目となるのが、クーデターで追われ今も国外亡命状態にあるタクシン元首相の存在である。サマック首相率いる国民の力党は、クーデター後に解党処分となった旧与党・タイ愛国党と事実上一体で、真の指導者はタクシン元首相だ。サマック首相自身、「私はタクシン氏の代理人」と公言し、弱者救済など大衆受けする「タクシン政治」の復活を公約している。国民の力党がタクシン復権をにらんだ政権運営を行うのは確実だ。汚職容疑などで逮捕状が出ているにもかかわらず、タクシン氏本人も「5月に帰国する」との意向を表明している。だが、タクシン復権は危険な賭けとなりかねないものだ。連立相手の5党は、「反タクシン」を掲げて選挙戦を戦った。「タクシン氏への司法手続きに介入しない」「政敵に報復しない」が連立合意の条件でもあった。サマック政権が復権を急げば、連立維持は危うくなる。クーデターを決行した軍、それを支持した高級官僚とバンコクの民主化勢力の反発も必至である。
クーデター前夜の「タクシン派対反タクシン派の対立」を再現するようなことがあってはなるまい。ところが、2月6日に発足した新内閣の主要ポストはタクシン元首相の側近が占め、タクシン色の濃い布陣となった。最優先課題の経済再建を担う副首相兼財務相には国民の力党幹事長のスラポン氏を起用した。医師出身でタクシン側近として知られる人物だ。副首相兼商務相にはタクシン氏の経済顧問的存在だったミークワン下院議員をあてた。副首相兼教育相はタクシン氏の義弟であるソウムチャイ氏、外相はタクシン家の顧問弁護士を務めるノパドン氏、内相にもタクシン系の人物が起用され、5月にも帰国するタクシン氏を受け入れる布陣となっている。
タクシン政権をめぐるタイの国内亀裂の背景には、経済成長と民主化の恩恵を受けてきた都市部中間層と、恩恵にあずかれずタクシン流政治に期待を寄せる農村部住民の対立という構造的な問題が横たわっている。国民の崇敬を集めるプミポン国王が国民の再団結を再三呼びかけているのも、そうした構造の拡大、激化を懸念してのことだ。先にも指摘したように、サマック首相が「タクシン復権」を強引に推し進めれば、反タクシン陣営の反発、連立相手の中小5党の政権離脱、政情不安の再燃といった事態もあり得よう。サマック首相は慎重に対応すべきだ。まず着手すべきなのは、国民和解による亀裂の修復である。クーデターという苦い経験を民主政治の再建にどう生かすのか。それがサマック新政権の真の課題となる。
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