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2007-11-08 00:00
自滅への道となりかねないムシャラフ氏の選択
大江志伸
読売新聞論説委員
もがくほどに窮地に陥る「あり地獄状態」に自らを追い込む危険な選択ではないのか。政情不安の続くパキスタンのムシャラフ大統領が、非常事態を宣言した。しかも、憲法停止など戒厳令並みの強権発動が可能な内容である。厳しい報道統制や野党幹部など反政府勢力の大量拘束が続き、国民の反発は高まるばかりだ。対テロ戦争の最前線に位置し、イスラム圏で唯一、核兵器を保有するパキスタンの混乱は、国際情勢に深刻な影響を及ぼす。ムシャラフ氏を対テロ戦争の重要なパートナーとして支えてきたブッシュ米政権は、新たな難題を抱えようとしている。
今年に入り政治危機の連続だったムシャラフ氏にとって、非常事態宣言は窮余の一策だったのだろう。今年3月、反ムシャラフ派のシンボルとなったチョードリー最高裁長官の職務停止処分がきっかけとなり、反政府デモが全土に拡大する事態となった。7月にはイスラム神学生の立てこもるイスラマバードのモスク(イスラム教礼拝所)を武力制圧し、これが過激派の報復テロ続発を招く結果となった。アフガニスタン国境地帯の対テロ作戦では、「手ぬるい」との批判が欧米から浴びせられた。10月には、現政権に有利な選挙制度を強引に利用して大統領再選を決めた。だが、陸軍参謀長を兼務したままの再選が問題となり、最高裁が近く「当選無効」の判断を下すとの観測もあった。
ムシャラフ氏は、最高裁の干渉で行政機能がマヒ状態になったことを、非常事態宣言の一因に挙げた。だが、強権行使が長引けば、ムシャラフ批判が内外で高まり、孤立するのは必至である。ムシャラフ氏の強権統治に目をつぶってきたブッシュ政権も、今回ばかりは援助見直しをちらつかせるなど、批判の姿勢を鮮明にしている。8年前のクーデターで政権を奪取した現政権は、常に「正統性」がアキレス腱となってきた。「第2のクーデター」と指弾される今回の強権発動で、「正統性」はさらに揺らいだ。ムシャラフ氏が「正統性」を確保しようとするなら、その手段はただ一つである。実態ある民政移管を着実に進める以外にない。
ムシャラフ氏は、再選後の陸軍参謀長の辞職と来年1月までの総選挙の実施を約束していた。まず、これを守るべきだ。米国は「自由、公正な選挙の実施」を求めている。日本を含む国際社会は米国と連携しながら、民主化プロセスを進めるよう硬軟両面の関与を続けるべきだ。文民政権脱皮への次善の策として進んでいたブット元首相ら野党指導者との政権協議も反故にせず、改めて実現の手だてを模索する必要があろう。ムシャラフ氏が強権だけに頼って民政移管への努力を怠れば、海外からの支援が細り、唯一好調な国内経済まで失速するのは確実だ。冒頭指摘したように、パキスタン情勢のさらなる混迷は、「対テロ戦争の戦線崩壊」「イスラム過激派の核兵器保有」といった悪夢のシナリオの序曲となりかねないのである。
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