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2024-05-22 00:00
中国に「ゼロ回答」を示した台湾新総統の覚悟
野嶋 剛
大東文化大学教授
頼清徳・民進党総統が20日就任した。民主化後の直接選挙で選ばれた台湾の総統としては李登輝、陳水扁、馬英九、蔡英文に続く5人目となる。国民党と民進党との間で2期8年ごとに政権交代が起きてきたが、今回は異例の民進党による政権の継続となった。民進党を独立勢力と敵視する中国と台湾との関係は緊張含みだ。そのなかで、頼清徳が中国にどのようなメッセージを送るのか全世界が注目した。結論からいえば、頼清徳の就任演説で中国への歩み寄りを示すような発言はほとんどない「ゼロ回答」。中国側とあえて一線を引き、習近平との対話には期待しないと思えるような言葉が散りばめられていた。
厳しい対中批判のレトリックを使っていたわけではない。しかし、中国よ、あなたが思うように台湾は動かないぞ、というスタンスを明確に示した形である。例えば、頼清徳はこう述べている。「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない」。これは中国に対して、演説のなかで最も強烈なメッセージだった。台湾は中国の一部ではないことを訴えるもので、「中国と台湾は切り離せない同胞だ」という習近平・中国国家主席の主張へのノーとなっている。「台湾は世界の民主の鎖のなかで輝き、民主台湾の栄光時代が到来した」。ここでは「民主主義」を通して台湾は世界と連帯しており、台湾は孤立していない。民主を否定する中国こそが孤立しているのだ、という中国への対比を論じてみせた。演説にはほかにも「民主」がキーワードとして頻出し、世界の民主国家と「民主共同体」を形成するとも述べている。新政権は傲慢にも卑屈にもならず現状維持を堅持する」。「傲慢にも卑屈にもならず」という言葉を加えることで、頼清徳政権の掲げる「現状維持」が、中国への妥協によるものではないし、米国への依存によるものでもない、という主張を込めたものだ。台湾の人々は主体的に現状維持を選んでいる。なぜなら、あえて独立を宣言する必要はなく、すでに中華民国として主権を持ち、独立した存在なのだから、という考え方に基づくものだ。
今回の頼氏の就任演説を同じ民進党の蔡英文総統の8年前の就任演説と比べれば、その中国への期待の低さは如実である。それも無理はない。中国は「一つの中国を認めろ」との一点張り。それを受け入れては台湾の主体性を結党の理念とする民進党の存在自体が揺らいでしまう。歴代の総統は、就任演説を中国への立場表明の場として用いてきた。陳水扁しかり、馬英九しかり、蔡英文しかり。そして今回の頼清徳も同様である。蔡英文は8年前の2016年の就任式で、中国側がこだわる「92年コンセンサス」に一定の理解を示し、中台が普通の国と国とは違った特殊な関係にあることも示唆した。民進党からすれば、中国への妥協でもあり、「善意」でもあった。
しかし、中国は「答案への回答はまだ終わっていない」として無視を決め込んだ。その後、米中の対立激化のなか台湾への米国のテコ入れが強まり、台湾は一気に米国側に傾き、半導体や民主・自由の「武器」も得て、中国抜きのサバイバルへの自信も深めた。頼清徳の演説はこの8年の台湾の変化も物語っている。今後の中台関係の改善に台湾としてやれることはやった。ボールは中国にあるーーそんな頼清徳の強気と覚悟が表れた就任演説だったと読み解くべきだろう。今回、中国外交部は頼清徳の演説に「祖国統一は必然」「台湾独立は死への一本道だ」との警告を発したが、いささか使い古されたフレーズにとどまった。今後さらに詳細に練り上げた反論を展開するはずである。
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