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2024-04-18 00:00
中国の過剰貯蓄と世界市場―EV「新質生産力」と貿易摩擦
坂本 正弘
日本国際フォーラム上席研究員
(イエレン財務長官の警告への新質生産力の反論)
イエレン米財務長官は4月上旬、中国を訪問し、グリーンエネルギー商品生産能力(EV、 バッテリー、ソーラーパネル)、特にEV車の生産能力への過剰投資は容認できないとした。政府の補助を受けたこれら産業の過剰生産が、国内需要をはるかに上回り、赤字企業の安価な輸出品が世界市場に氾濫し、他国に打撃を与えているとした上で、10年前も、中国が鉄鋼の安値輸出で、世界市場をかく乱したと指摘し、国内消費の拡大が必要だとした。これに対する中国側の反応は否定的である。EVに関しても、補助金は2022年廃止しており、中国EV車が売れているのは、補助金ではなく、技術革新のためだとする。中国は、現在の不況に対し、科学技術の振興により、習近平氏の唱道する「新質生産力」の拡充により対応する方針である。EV車やソーラパネルはその中核であるが、量子電算機、AIなどの先端技術の振興により、経済困難を乗り切り、現代強国の実現を目指している。
(過剰貯蓄と貿易摩擦)
中国は過去数十年にわたり、過剰貯蓄・過剰投資モデルでの成長を続けてきた。2022年のGDP比の内訳は、総消費53.2%(家計37.2+政府16.1)の低さに対し、総貯蓄46.8%(国内投資43.5+純輸出3.3)の異常な高さ(通常は25~30%)である。この過剰貯蓄は生産性の高い投資対象の多い時代には10%成長の実現に貢献した。しかし、2015年以来、有効な投資対象が限られる中、不動産業やインフラ投資が典型だが、効率が低下するなか、過剰貯蓄・過剰投資モデルは行き詰まり、過剰生産を齎し、過剰債務を招いている。かかる状況で、新エネルギーのEV車を始め、生産性の高い新質生産力拡充への投資は投資効率を高めるのみでなく、過剰貯蓄圧力を緩和するが、輸出拡大による純輸出の増大も過剰貯蓄を吸収する。しかし、これはまさに、イエレン財務長官のいうように、国内市場を超える能力と世界市場への輸出拡大であり、他国との貿易摩擦を誘発する。
(熾烈な競争が繰り広げる国内市場と輸出圧力)
中国の自動車産業の動向を、2020年と2023年の比較でみると、全国販売台数は2531万台から3009万台に急増したが、従来のエンジン自動車販売が2531万台から1988万台に減少するなか、EVなど新エネルギー136万台から946万台に激増する状況である。輸出は、2021年200万台から491万台に伸びて、日本の輸出442万台を超えて世界1となった。内訳は新エネルギー車が30万台から170万台に急拡大するなか、エンジン自動車も170万台から370万台の増加だが、ロシア向け輸出が大きい。新エネルギー車の急激な拡大が国内市場及び輸出を押し上げている状況だが、注目すべきは、このような拡大が各社の熾烈な参入、競争、淘汰の上に,進行していることである。中国の自動車産業は、独、日、米国の自動車会社の合弁の形で成長してきたが、中国政府はバッテリイ開発を含むEV車振興のため、多額の補助金を始め、強力な育成策をとってきた。一時は200社を超える中国企業が参入し、激烈な価格競争を繰り返し、現在も100社を超える企業が参入と撤退・破産を繰り返している。数十万台ともいわれる破産企業のEV車が放置される状況はその象徴である。バッテリーからの一貫生産のBYDのみが黒字とされるが、最近も異業種からの小米の低価格車が注目されている。このような状況で、中国EVを主導してきた米テスラ社も業績は振るわず、三菱自動車の撤退が典型だが、在来車中心の外資は苦境に立っている。
(輸入力を使う強い中国から、混迷の輸出切込みの中国へ)
最近の注目は、BYDを始め中国勢の急激な海外進出である。2023年世界の自動車生産、8300万台の内、中国の生産は3000万台、内う新エネ車は約1000万台(2020年の137万台から6倍強)で、今後も新エネ車の生産が急増すると国内市場をはるかに超える生産能力が実現する。現実に、BYD以外のEV企業は赤字だとされるが、イエレン財務長官に言うように、赤字企業の安値輸出が世界市場をかく乱し、貿易摩擦激化の可能性が大きい。すでに、EUは中国EV車への関税引き上げを検討している。米国は現在、25%の関税をかけているが、安全保障上の理由からも、中国車の締め出しを決めている。最も、EV車に関しては多くの問題がある。航続距離、充電時間、寒さに弱い、バッテリーの発火などの他、バッテリーの早期の劣化、中古車市場の欠如などの問題もある。更に、中国企業の早期の撤退は、修繕、下取りの困難を発生する。このような状況からか、EV車の最近の販売状況から、早くもピークアウトの予想もある中、ハイブリッド車の好調が伝えられ、トヨタの業績は好調である。もちろん、EV車の問題点には次々と改善が見いだされている点は看過できない。中国の過剰生産の世界市場への侵入はEV車だけではない。中国の経済不況は鉄鋼、セメントの過剰生産を誘い、世界市場への安値輸出の再燃から、貿易摩擦の拡大が予想される。これまでの中国は、経済に余裕を持ったうえで、特に輸入力を使い強制外交を進めてきた。しかし、経済混迷の中、中国は新エネルギー製品をはじめ、過剰生産と輸出の切込みを図るが、これは、世界市場の混乱を引き起こし、貿易摩擦の激化をまねく状況である。
(壮大な建設と壮大な破壊の中国)
とにかく中国の発展は超急激であり、国内での甚大な過剰生産を築くが、その過程での過当競争は、死者累々の状況は、廃棄された膨大なEV車を生じさせる。かつて梅棹忠夫教授は、その著書『文明の生態史観』(中央公論、中公業書1967年)の中で、中国の歴史は壮大な建設と、壮大な破壊の繰り返しだと喝破したが、改めて、卓見と感じる次第である。
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