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2023-07-14 00:00
キッシンジャーのウクライナNATO加盟容認の意図
古村 治彦
愛知大学国際問題研究所客員研究員
ヘンリー・キッシンジャーは今年初めから、「ウクライナのNATO加盟を容認」という主張を行っている。キッシンジャーをはじめ、リアリスト系の人々はウクライナのNATO加盟に長く反対してきたので、キッシンジャーの容認姿勢は驚きをもって迎えられた。しかし、キッシンジャーの主張をよくよく吟味してみると、リアリストの原理原則から導き出された内容であることが良く分かる。キッシンジャーがウクライナのNATO加盟に反対していたのは、ウクライナがNATOに加盟すると、NATOの後ろ盾を受けて、ロシアと事を構える、ロシアと戦争を起こす危険があった、ロシア側からすれば、脅威が一気に増大する、ロシア側もウクライナを自陣営に「取り戻す」ために事を構えるという事態が考えられたからだ。
実際には、ウクライナをNATO(特にアメリカ)が手厚く支援し、急激に武力を増強した。結果として、ロシア側は危機感を強め、ウクライナに対して侵攻するということになった。ウクライナはNATO加盟を悲願として、10年以上にわたり、加盟申請を行いながら、NATOはウクライナの加盟を認めてこなかった。しかし、ウクライナに対する支援を強め、「正式にメンバーにしている訳ではありませんよ」という建前を主張しながら、対ロシア姿勢を強硬なものとし、実質的にウクライナをメンバーとして扱っていた。戦争が起きてしまった以上、前提は変わった。そのため、キッシンジャーは、一転して、ウクライナのNATO加盟を容認することになった。その理由は、「軍事力を高めたウクライナを単独で行動させないために、枠にはめる、タガをはめるためにウクライナをNATOの中に入れる」ということだ。
ウクライナは現在、西側諸国(the West)の手厚い支援を受けて、ロシア軍と交戦中だ。今回の戦争の前、ウクライナ軍は脆弱で、ロシア軍はすぐにキエフを奪えると見られていた。しかし、ウクライナ軍は西側の武器と最新テクノロジーによる情報奪取に成功し、ロシア軍を退かせた。ロシア軍はウクライナ東部を奪取し、現在、それら地域を守っている。ウクライナ軍は大攻勢をかけていると報道されているが、大きな戦果は挙げていない。しかし、シリア内線にも参加し、精強なロシア軍に対して、西側の支援はありながらも1年以上、戦争を継続できているウクライナ軍は周辺国の軍隊よりも確実に強化されている。ウクライナは精強な軍隊を持つ大国ということになる。そのような「変な自信」を持つと、何をしでかすか分からない。そのために、ウクライナにタガをはめるということが必要なのだ。
また、東ヨーロッパ、中央ヨーロッパに軍事力を持つ大国が出てくることは、地域のこれまでの均衡(equilibrium)、バランス(balance)を崩すことになる。ここで問題になるのは、ポーランドである。ポーランドは歴史上、2度亡国の憂き目にあっているが、保湿的に拡大志向、大国志向国家であり、ポーランドの蠢動はヨーロッパを不安定化させる。ポーランドはリトアニアと共和国を形成していた時代にウクライナの大部分を支配していた時代もある。ウクライナ西部にはユニエイトと呼ばれるローマ法王を崇めるカトリック系の宗教グループがあり。ポーランドのとの親和性が高く、ポーランドがウクライナ西部を併合するという話もあった。ポーランドがウクライナと組んで、ロシアに対して攻撃を仕掛けるという可能性もある。このような状況から、ウクライナをNATOに入れて、ポーランドと共に、しっかり監視して軽挙妄動をさせないということが重要だ。そして、ヨーロッパにおけるパワーバランス、力の均衡を構築し、紛争を未然に防ぐというリアリズムの原理に基づいた戦後処理が必要ということになる。キッシンジャーの慧眼には恐れ入るばかりだ。
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