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2023-06-01 00:00
国債発行額の上限を法律で定める米国を日本は見習おう
中村 仁
元全国紙記者
米国の国債発行額の法定上限を引き上げることで、バイデン大統領と野党・民主党が基本合意に達しました。日本のメディアは交渉が決裂すれば、米国債が債務不履行(デフォルト)に陥り、マネー市場が大混乱に陥るため、大々的に報道してきました。市場は交渉結果を好感し、日本の株も29日、500円高の3万1400円で寄り付きました。メディアは「またも土壇場の合意」、「デフォルト回避へ」と報じています。この問題は米議会では政治的駆け引きの材料にも使われ、与野党が「痛み分け」で終幕することが繰り返されてきました。米国債の発行残高の法定上限(31・4兆㌦)を超えることを25年までの時限措置として認めることになりました。この法定上限が野放図な財政悪化に対する一つの歯止めになっていることを日本はもっと注目したい。債務上限問題には、財政規律を巡る国家的議論という性格がある。
主要国の中で最悪の財政状態にある日本なのに、国債発行額(GDP比で260%)に上限はありません。国家予算案を与党主導で成立させれば、その大きな財源になっている国債発行額も自動的に承認されてます。財政をチェックする独立財政機関はどこの主要国にもあるのに、日本にはない。日本の憲法には財政規律に関する規定はありません。憲法9条を改正をし、自衛力の向上を目指すなら、財政規律条項も加える必要があります。今のような調子で財政・金融状態の悪化が続けば、自衛力を維持する経済的基盤が失われる。そのことを野党はなぜもっと強調しないのか。29日の日経新聞の大型解説欄(『核心』)は、「債務上限問題は政治ショーと言われながらも、大義名分は財政規律を巡る攻防だ」と筆者(論説委員長)が指摘しています。全く同感です。解説では「安倍晋三回顧録」(2月刊、中央公論新社)の中で、安倍氏が財務省や財政健全化に対し、強い不信感を何度も発言していることに言及しています。安倍氏には財務省に対する極度の思い込みがあった。財政に対する日本の最高権力者の正直な財政観がよく伝わってきます。
回顧録には、そこまで言うかと思うほどの発言が随所にでてきます。「財務省は安倍政権批判を展開し、私を引きずり下ろそうと画策した」、「彼らは省益のためなら政権を倒すことも辞さない」、「官邸内では、14年の財務省の謀略は夏に始まっていた」、「国が滅びても、財政規律が保たれていさえすれば満足なんです」。「画策」「政権打倒」「謀略」「省益」と言いたい放題です。財務省が「省益」のために財政再建をしているなんて、私はこれまで聞いたことはありません。財政破綻でもしようものなら、国家の破綻だからです。「日銀は政府の子会社だから国債をいくらでも保有させられる」と安倍氏は発言していました。本当にそう信じていたとしか思えません。民間企業なら、親会社が子会社に自社製品を売りつけ、見てくれの決算をよくする粉飾まがいの行為を続けていると、いずれ倒産に追い込まれるのです。「省益」という場合は、担当官庁としての権限維持や組織防衛、天下り先の確保などが当てはまり、財務省にもそうした問題はある。それに対し、財政再建は「国益」という次元に存在している問題です。安倍氏亡き後、安倍派は100人の規模に膨張し、最大派閥を維持しています。その後継者たちも安倍氏同様の財政観を担いでいるのでしょう。心配です。財政規律を巡る攻防で米国の政治は燃え上がる。日本はいくら国債を発行して問題はないと。日米の大きな落差を感じざるを得ません。
この回顧録の執筆者の一人(読売新聞特別編集委員)が大型コラム(5月6日)を書き、「知らなかったファクトも多く語られ、安倍さんの持ち味であった語り口で、臨場感があった」という関係者の感想を紹介しています。確かにそういうところが多い本です。一方、執筆者は斎藤次郎・元財務次官による回顧録への反論(月刊文芸春秋)には「落胆を禁じえなかった。(消費税10%への引き上げを巡り)安倍政権を打倒して、谷垣政権をつくろうと財務省は本当に暗躍したのか。その真偽を明らかにしてこそ説得力のある反論になり得たのだ」と、立腹しています。つまり暗躍したのかしなかったのかはっきり示せというのです。斎藤氏の原稿の核心は「財政が破綻したら、国家が滅びる。省益とは次元が違う」という点です。そのためには、各方面にも説得、働きかけをするでしょう。それを「暗躍」「打倒」などと表現した途端に議論の質は劣化してしまうのです。
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