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2007-08-20 00:00
8月15日に思うこと
甲斐紀武
団体役員
62回目のこの日を迎えて思うことの第一は、マスコミなどではこの日を「終戦記念日」と呼んでいるが、史実通りに「敗戦記念日」と呼ぶべきである。終戦と呼ぶのは事の重大さを割り引くもので、史実を曖昧にしかねない。敗戦は真実であるし、この事実は消えない。そうした意識に立ち、敗戦という事実を重く厳しく受け止めることが必要だからである。
第二は太平洋戦争を国民として総括し、責任の所在を明らかにすべきである。極東軍事裁判は連合軍が行ったもので、戦後62年経っても日本人自身による総括がなされていないのは、驚くべき怠慢さである。中国は1980年代には毛沢東を総括している。太平洋戦争の総括がないから、そこから派生する靖国問題についても中国などからの非難があっても、国民の意思として明確な反応が出来ないのだ。
第三は「アジア諸国及び国民に対し苦痛と損害を与えた」という加害者責任のような見解が8月15日の総理談話で述べられているが、太平洋戦争についてこのようにアジアを一括して見るのは正しくはない。アジア諸国の中でも旧日本軍により多大の物的損害を蒙り、多数の犠牲者を出したのは中国、フイリピン、シンガポールであり、その他の国はその度合いが低いし、そのような意識も比較的薄い。韓国は1915年以来日本の統治下にあり、国家としては太平洋戦争とは直接に関わってはいない。数年前にASEAN各国を訪問した当時の山崎自民党幹事長に対し、インドネシアの重要閣僚の一人は「日本軍はインドネシアの独立に貢献した」とすら述べている。また、同じくカンボディアのフンセン首相は、靖国問題に言及し「祖先を敬うことが何が悪いのか」――詳しい事情を知らない点もあったと思われるが――と答えている。いずれにせよ、アジア諸国を十杷一絡げに考えるべきではない。更にASEAN諸国は物事に極めて現実的な対応をする国々であり、太平洋戦争のような過去に拘るよりも、前向きに関係の進展を図るという姿勢である。
第四は、私自身、我が家が米軍の空襲により炎上していた光景や米軍の捕虜をトラックに乗せて群集が石を投げている有様を未だに記憶している。住み慣れた我が家が炎に包まれた光景はまさに地獄絵を見るようであった。このようなことは二度と繰り返すべきではない。先の戦争では320万人の犠牲者が出ている。他方、戦後62年経ち戦争体験者が少なくなりつつあり、戦争を全く知らない世代が国民の多数を占めつつある。戦争は悲惨であり、二度と繰り返してはならないことを機会を捉えて語り継ぐことは必要である。悲惨な体験を風化させてはならない。
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