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2022-03-26 00:00
(連載1)ウクライナ危機をめぐる日本人の紋切り型の世界観
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
ロシア・ウクライナ戦争の深刻さが増している。そのニュースを見ながら、日本では頓珍漢な議論が横行している。おそらく危機になればなるほど、日本社会に根差した平時の思考では対応できなくなる。それを率直にふまえた上で、冷静な情勢分析や、重要な判断の検討をするのが、当然であるはずだ。ところが「もうこういうややこしいことは終わりにしてほしい」というお茶の間のテレビ視聴者の要望に応えようとする文化人などが、小学校あたりで習ったかのような紋切り型の世界観を振り回して、「こうしろ、ああしろ」、という独断に満ち満ちた説教をするので、話はややこしくなる。
紋切り型の第一は、「侵略者が来たら降伏しよう」論である。降伏さえすれば、世界の問題は全て解決する、といった話は、全く現実とかけ離れている。ところが日本では、憲法学者の書いた教科書に書いてあるだけでなく、学校教育などにも相当入り込んでいるので、厄介である。個人の思想信条として非暴力主義を貫いたりするなら、まだよい。しかし評論家の橋下徹氏のように、日本のテレビで日本のお茶の間の視聴者のために、「ウクライナは降伏せよ」と主張してみたりするのは、また別次元の問題だ。「ウクライナは勝てない」とか、専門家になればなるほど絶対に口にしない未来の予言を断定調で吹聴し、あたかも問題が解決されないのはウクライナが降伏しないからであるかのように主張するのは、本当に困った話である。極端に問題を単純化して理解できるかのように振る舞ったうえで、極端に解決策を単純化できるかのように振る舞って、テレビのお茶の間の視聴者にアピールするのは、憲法学者独裁主義体制下の日本の学校教育の弊害をあらためて痛感せざるを得ない。
紋切り型の第二は、「世界に問題があるのはアメリカが解決していないからだ」、という極度のアメリカの神格化にもとづく意味不明の糾弾である。プーチンが侵略戦争をしかけるたびに、「防げなかったアメリカが悪い、アメリカは早く問題を解決しろ」、と日本のテレビで叫ぶ評論家が現れるという仕組みは、いかにも不健康である。
紋切り型の第三は、「プーチンにはプーチンの正義がある」論である。タレントの太田光氏のテレビの発言が話題になった。プーチンにも利害や野心がある。だがそれは正義と呼べるようなものではないだろう。ロシア人でプーチンを支持している者ですら、事実を客観的に描写して、それを正義と呼んでいるわけではない。虚偽の取り繕いを、正当化の口実に使っているだけだ。それなのに日本のテレビタレントだけが、お茶の間の視聴者向けに、「プーチンにはプーチンの正義があるはずだ、もちろんそれが何なのか知らないし説明もできないが、誰にでも正義はあると日本の小学校で習った」、といったことだけを語ってみても、全く現実から乖離したお喋りでしかない。(つづく)
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