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2007-08-01 00:00
欧州の「共通の歴史教科書」の経験に学べ
村瀬哲司
京都大学教授
これまで主として私は、欧州の通貨統合と東アジアの通貨・金融協力の問題を研究してきたことから、東アジアが一つの共同体を目指すにあたり、欧州の経験から何を学べるか、に焦点を当てて考えてみたいと思う。京都大学では、学部生と留学生を対象に「国際通貨論」を担当、秋学期は欧州統合とユーロ、春学期はアジア通貨について講義をしている。400ページを超える大部の欧州共通教科書『ヨーロッパの歴史』を教室に持ち込み、まずその中に記述されているクーデンホーフ・カレルギー伯爵の汎ヨーロッパ運動から、欧州統合についての説明を始めている。地域統合を進める上で重要な土壌となるのは信頼の絆であり、それは各国の歴史認識の共通性と相違を認めあうことから生まれると考えるからである。
『ヨーロッパの歴史』は、フレデリック・ドルーシュ(英・仏・ノルウェー3カ国籍をもつ英国在住の銀行家)が編集、12カ国の歴史家が執筆、EC委員会文化総局とフランス文化省の支援のもと1992年に発行された。「ヨーロッパとは何か」という問題意識をふまえ、先史時代から1996年までを記述する「最初の汎ヨーロッパ的教科書」(まえがき)で、日本語版(東京書籍)を含め28カ国語に翻訳されている。ただし、共通教科書と銘打っているものの、実際に教科書として使用されたことはないと考えられる。
『ヨーロッパの歴史』に対しては、西欧中心の歴史観であるなどの批判もあるが、ドルーシュが序文で述べる次の言葉には説得力を感じる。「ヨーロッパがその未来を模索する一方で・・・何かが諸国民の歩み寄りを妨げている。それは・・・経済的利害、言語習慣、文化的伝統であり、同様に多くは非合理的な偏見でもある。偏見は・・・家族の間で親から子へ伝えられるだけでなく、それ以上に学校で教えられる歴史の幾つかの側面を通して広められる。・・・本書を通じて・・・歴史教育における国家的次元の傍らに、ヨーロッパ的次元を組織的に導入することの是非について(考える場を提供したい)」。
昨年10月講義でこの話をしたところ、ドイツからの留学生が手を挙げて「先生、ドイツとフランスの高校では、今年から共通の歴史教科書を使い始めました」と教えてくれた。その後まもなく、「仏独の歴史家、教科書を共作、隣国の視点学びあう」(『朝日新聞』2006年10月30日)、「独教育相、仏と歴史教科書づくり推進、異なる歴史観まず認識」(『日本経済新聞』2006年11月15日)と報じられた。欧州統合を推進するには信頼の土壌が不可欠であったことと同時に、統合への取組みが「いがみあってきた隣国」が共通の教科書を作成するに至るまで国の壁を低くしたのである。
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