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2021-07-30 00:00
民主国家と専制国家社会の住みごごち
中山 太郎
非営利団体非常勤職員
米バイデン政権は、いまの国際情勢は、民主国家と専制国家の対決だとしている。筆者の中国とほんの短い期間だが米にも住んだ経験から両社会を比べてみたい。今の日本で、10人に問えば、9人は米社会を支持するだろう。そして、やはり日本が一番というかもしれない。60、70年代には、この面での世論調査などないのではっきりしないが、当時の皮膚感覚で、米対中国は拮抗していたのだ。敗戦、占領という屈辱感からか、反米感情は日本人の心の底辺に深く根差していた。いまにして思うに、そのころは一般の日本人は、米にも中国にも行けず、漠然と幻想をそれぞれの国に抱いていたのだ。
中国について述べると、日本人は今コロナ騒動で外出があまりできず、生活の行動範囲が狭くなり、不便この上ないとぼやく向きが多いが、日中国交回復後の70、80年代でも、海外からの人間は官民とも狭い範囲でしか行くことが許されず、与えられたホテルの選択の範囲の狭い同じような飯を毎日食べさせられていた。知人が、日本からの土産に「食パン」や「卵」を持参してくれると涙して喜んだのだ。北京での卵かけご飯は、最上のごちそうの一つだった。住まいは、当局がホテルなどを指定した。支店長クラスや外交団幹部などは、場合により、外交人員向けの住居に住み、メイド、運転手、コックなどを手配してくれたりした。
ある外交団幹部は、中国外交部と侃々諤々の交渉を終え、自宅に昼飯のため帰宅すると、奥さんが蒼い顔をして、1時間前に中国服務局の人が来て、服務員全員を今から引き上げると言ってきたと述べた。その昼は何組かの他国の外交団を招いていたが、すべてパーとなった。服務局はそれを知っていて、あえて引きあげたのだとその外交幹部は述べていた。
米社会も犯罪の多さとか人種偏見など必ずしもいいことばかりではないが、知人の話はホッとするものがある。米でボランティア活動をしている彼が、サンフランシスコの市電に乗り、沿線の某所で息子さんが撃たれて亡くなった日本からのご家族に付き添い、その場所近くに来た時、その旨を運転手に話したら、運転手は夜間で少なくなっていた乗客に声をかけ、ここでしばらく止めるがいいかと述べた。もちろん乗客たちは賛同し、「ゆっくりとお参りなさいと」言う人もいた。会社の規則で、この運転手の好意が許されるのか知らないが、専制国家では絶対にありえない話である。
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