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2021-06-16 00:00
元徴用工却下判決を契機に日韓関係改善を図れ
加藤 成一
外交評論家(元弁護士)
韓国で元徴用工(元朝鮮人戦時労働者)や遺族85人が日本企業16社に対して1人当たり約1000万円の損害賠償を求めた訴訟で、ソウル中央地裁は6月7日原告の訴えを却下した。判決理由の骨子は、(1)1965年の日韓請求権協定によって原告個人の請求権まで消滅したとは言えない、(2)しかし、協定には「請求権問題の完全かつ最終的な解決」との文言があるから、訴訟による請求権の行使は制限される、(3)韓国の国内法で日本の植民地支配の違法性が認定されていても、条約に相当する協定の不履行は「国際法に違反する結果を招きかねない」、(4)よって、仮に原告の請求を認めた判決が確定しても、強制執行は外交問題に発展し、国の安全保障等にも影響するから、権利の乱用として許されない、というものである。
ところで、2018年10月の元徴用工に関する韓国大法院判決では、戦時中の日本統治下の朝鮮半島から日本本土の工場などへの動員は、違法な植民地支配や侵略戦争の遂行と結びついた日本企業の反人道的違法行為であり、元徴用工の請求権は日韓請求権協定の対象外であるとの理由で、日本企業に損害賠償を命じた。しかし、今回の判決は一転して、1965年の日韓請求権協定で請求権問題が解決済みであることを理由として、訴訟による請求権の行使を制限し訴えを却下した。この却下の判断は、国際法上の主権免除を理由として今年4月に元慰安婦らの訴えを却下したソウル中央地裁判決とも通底する。これらの却下判決の背景としては、徴用工判決や慰安婦判決などにより戦後最悪とも言われる日韓関係の現状に危機感を持ち、その改善に向け韓国司法部として一定の外交的考慮をしたものとみられる。しかし、今回の判決は、法理論的には、自国の国内法を根拠に条約の不履行を正当化できず、条約の順守履行義務を定めた「条約法に関するウィーン条約」第26条及び第27条の国際法上の原則や、中国人元徴用工に対し日中共同声明によって元徴用工個人の請求権は消滅しないが、裁判上の請求権を失ったとして訴えを却下した「西松事件」の日本最高裁判例(平成19・4・27第二小法廷判決。民集61・3・1188)の法理にも沿うものであり、国際法に基づく適正妥当な判決と言えよう。結局、今回の判決の趣旨は、元徴用工問題は、請求権協定に基づき下記の通り日本から合計5億ドルの支援を受けた韓国政府の責任において解決すべきであるとするものである。
「反日」世論の強い韓国で、今回このような判決が出されたこと自体驚きであり、国際法を重視する公正な良心的裁判官の存在に意を強くするものであるが、日本側としてはまだ楽観はできない。なぜなら、今回の判決は2018年10月の上記大法院判決を否定する、いわば「最高裁判例違反」の判断だからであり、今後の控訴審、上告審で変更される可能性がある。また、今回の判決は、日本が1965年の日韓請求権協定に基づき提供した総額5億ドル(無償3億ドル、借款2億ドル)の支援が「漢江の奇跡」と称される輝かしい経済成長に寄与したと評価し、日韓請求権協定による請求権問題の解決を認めている。これに対し、判決後、担当裁判官を「売国奴」と糾弾し、「反国家、反民族的判決を出した裁判官の弾劾を要求する」韓国大統領府への請願者が6月11日現在28万人を超えている(6月12日付け「産経新聞」)。このように今回の判決に対する韓国世論の反発が強いことも日本国民は念頭に置いておく必要があろう。
しかしながら、飛鳥時代の「白村江の戦い」、鎌倉時代の「蒙古襲来」、明治時代の「帝政ロシアの南下政策」、1950年の「朝鮮戦争」などの歴史を見ても、韓国が日本の安全保障にとって地政学上極めて重要な隣国であることも事実である。とりわけ、北東アジアにおいて、核を保有する北朝鮮や覇権主義的な中国の脅威を考えれば、なおさら、価値観を共有する同じ自由民主主義国として、日本の安全保障のみならず、韓国の安全保障にとっても、日韓関係の改善と、日韓両国の安定した防衛協力関係の構築は極めて重要である。その意味でも、今年4月の元慰安婦請求却下判決や今回の元徴用工請求却下判決を契機として日韓関係が改善に向かうことが望まれよう。日韓両国にとって、地政学的な安全保障上の重要性からしても、日韓関係改善のための大局的見地からの日韓両国政府の真摯な外交的努力に期待するものである。
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